怪物の進撃 8
「でもさ、お兄さん、俺思うんだよ。退屈とか暇とかで普通協力させようとしないよねとさ」
地下牢の枷を付けたまま、狐顔の男は言う。彼の後ろを歩き、地下牢の通りを共に進む。案内役の女性は彼の前を歩いている。女性と彼の距離は少しあり、彼と狐顔の男との距離は手を伸ばせば届くもの。人と自身との距離の感覚が近く、少しばかり居心地が悪い。されどじめじめとした空気からおさらばできるとあって、彼は少し気が楽だった。
狐顔の男は牢獄から出されている。
牢を開けたのは女性だ。彼がお願いをした結果、快く開けてくれた。ただし、女性は今にも死にそうな表情で開けていた。だが彼は狐顔の男に集中しているあまり、女性の様子など一切気にもしてなかった。怪物というブランドと狂人とのブランド。二人の前で拒否できるわけもない。
怪物のお願いは脅迫でしかない。直接的な言葉などなくてもわかる。怪物は邪魔になったら排除するのだ。それが経歴であり、証明なのだ。だからお願いをされた時点で拒否権はない。
仕事という建前すら女性の中では消え去り、己の身を守るという本能が牢のカギを開けたのだ。
王国に名を知られた怪物。
リコンレスタで人の心を読み、人からの攻撃に対し楽しむ狂人。
頭おかしい二人。
しかも狐顔の男の意見など無視した。退屈とか暇とかいう言葉で脅した怪物も意味不明。それで否定もせず、不満のみですます狐顔の男も意味不明。狐顔の男が怪物を恐れるならばまだわかる。されど狂人が怪物を恐れるわけもない。
「きいてる?お兄さんさ、もう少しよい条件を出すことしたほうがいいって。俺嘘つきだし、裏切られるし、裏切るし、きっと酷いことになるよ、本当」
至極当たり前の内容であれど、彼は持ち寄る交渉のカードがそれしかない。相手の対応を決めて、適当に決めた案件。まぐれではなく、事実。この世界における狂人とは前の世界における価値観で済む。
「・・・すくなくても、外に出れます。・・・自分から裏切られた貴方にふさわしいかはともかく。・・・自由にはなれます・・・ギリアレスタのトップとして町を治めてくだされば、あとはお好きにどうぞ」
女性がすたすたと速足で地下牢から姿を消し、一階へと出る最中。
「・・・俺はね、楽しいことがすきなんだ。退屈なのも暇なのも、嫌いだ。もしかしたら・・・お兄さん、俺の怖さを知ることになるかもね!」
言葉こそ軽快な口調であれど、内容は不振。また最後の語尾に関しては本気で何かを企む意図すら感じられる。
彼は相手の要望にのらない。歩き、歩き、地下牢から一階に姿を現した。そして狐顔の男が出るのを待つ。
狐顔の男が地下牢から出たところで彼はつづけた。地下牢の中で話をする気ではなく、外に出るまであまり話したくなかった。
「・・・なら、僕のお願い通りギリアレスタのトップとしてリコンレスタを治めるのであれば、驚かせられるよう努力します」
確定ではない。彼はあくまで努力することのみを決意する。人を驚かすのは得意ではない。そもそも人と関わることこそ苦手な部類だ。
「努力するって言葉好きじゃないなぁ。だってさ、出来ない奴の言い訳にしか聞こえないじゃん。できないことがわかっていてさ、でも頑張りますみたいなことでしょ。できないなら出来ないって言えばいいのにね。ただ、出来ないっていったら楽しいことを仕出かすけどさ!」
嘲笑を混ぜた狐顔の男の表情だ。決して嘘ではない。穏便に収めようとしているが、会話の一つ一つに悪意が混ぜられている。楽しくなければ問題をする。そう予感させるものだ。
「・・・おそろしい人です」
彼はそれすらも無表情で淡々と返した。気にもしていない様子ですらあった。むろん、彼は気にしていない。楽しくするを悪いことするという風には理解している。だが、それでも怖くはない。
心を読めるからといって、彼の心を読めるわけじゃない。本当は読めるかもしれないが、演技も得意そうではない。楽しく、退屈がいや。そのために色々する人間に対し、何故か怖さは感じなかった。
むっとしたような狐顔の男である。いくら彼を観察しても心は現れない。読もうとすると幾つもの悪意による感情が防壁をはって、彼の心に触れさせない。
だから口にだしたようだった。
「お兄さん、きっと後悔するよ。ちゃんと考えておかないと」
「・・・まあ、色々考えておきます」
そして、大人の色々考えるという先延ばしが返される。
そして条件つきで狐顔の男に自由は与えられる。
リコンレスタにおいて狐顔の男の開放。それは枷をつけ続けた条件が第一。第二に怪物の指示に従うもの。第三に怪物はハリングルッズに損害を与えないこと。この3の条件をもって一時的に開放される。また怪物の指示に従い、達成された場合はハリングルッズの利益に沿う形で永久に開放される。その解放された中でもギリアレスタのトップとして職務に尽くさなければいけない。
その契約は口頭のみでなされた。案内役の女性がリコンレスタ支部の上司に意見を仰ぎ、急いでつくられた契約だ。そして地下牢の階段の近くの部屋で宣誓をさせられた。契約の抜けもあるし、弱点もある。だが、この抜けを利用しないように彼に対し、女性は強く協力を求めた。
むろん、彼は頷いた。
「・・・そんな隅をつついたことはありませんので、ご安心を」
彼なりの安心させる言葉。狐顔の男は若くても地下牢に閉じ込められるほどの相手。拷問などされている時点でまともな人物じゃないことなどわかりきっている。だから彼は安心させるように自身の信頼性を多少は述べてみた。
その瞬間、女性の顔は真っ青になったのも事実。
怪物は人の隙をつついて、倒してきた。王国であった闘技場による大会も人の心の弱さを叩いて、崩壊させてから倒してきた。隅をつついてきた怪物が、それを言葉にするなど冗談ではない。
女性自身の生存本能で狐顔の男を開放させた。それが冷静になってから心配になったのだ。もし問題を起こしたらと考えれば不安が自分を追いつめる。解放した責任、怪物を信じた責任。ハリングルッズに損害があった場合の責任。ただではすまない。
そして、女性の様子が急変したのを狐顔の男は観察していた。女性が思い浮かべる案件、彼の発言で表情が変わったのを含め、観察していた。その観察の中で心を読む作業を忘れない。
心にあった、怪物のやり口。それを狐顔の男は必死に脳裏に叩き込んでいた。
むろん、女性の急変は彼も気付いた。だが狐顔の男が問題を起こすかどうかが心配なのだろうと思い込んだ。詳しく知ろうとすら思わない。人のことなどあまり気にしたくない。底辺たる彼は己で精一杯なのだ。
「ふうん、お兄さん、良い人なんだね」
女性の心を読んだうえ、経歴をしった上での発言だ。狐顔の男の度重なる言い分をはぐらかしてきた彼に対しての発言だ。
皮肉だ。
経歴に対し、嘘を吐くことに関しての皮肉。怪物たる彼が、今までやってきたやり口がロクでもない。狐顔の男も似たようなことはやった。むしろ彼よりも酷いことすらした。だが、彼以上に大胆に甚大な被害をもたらしたことはない。
規模が違う。
それをひっくるめて、最低な怪物に対し。
良い人だといったのだ。
「・・・良い大人でありたいものです」
彼はそれを戒めとして考えた。良い人、良い隣人、良い先駆者、子供に対し恥が少ない大人であろうとする決意。狐顔の男の皮肉を彼は真面に受け取ったのだ。
まともに受け止めて、まともに返す彼。その反応や返答に対し狐顔の男は皮肉と受け取った。
怪物のやり口を皮肉った狐顔の男に対し、そのまま肯定して返したのだ。そもそも皮肉ですらないと皮肉ったのだ。怪物に良心の呵責はない。心がよめないから判断はつかない。されど表情が無であり、人を見るような目ではないことから常人とは異なる。
「お兄さんさ、俺は優秀なんだ。きっと、お兄さんをびびらせてあげよう」
自信満々に、さりとて挑発的に。
怪物は、彼は求める。狐顔の男に対し、リコンレスタを統一する協力を。また統一したあとギリアクレスタのトップとして君臨しろと。
リコンレスタをギリアクレスタ一色に染めた瞬間。その先にある光景がうかんだ。今まで思い通りに行き過ぎて飽きた現実に光が見えだした。ギリアクレスタのトップを再び務めるという退屈な出来事の未来に、楽しさを描き出した。
怪物が求めるハリングルッズを上司とした子会社的ギリアクレスタの立場。
リコンレスタの敵対組織も全て支配し、統一した直後に裏切ったらどうなるのか。
そもそも統一する間近で裏切ってみたらどうなるのか。
人の隙をつついて物事を荒らしてきた怪物に対し、逆に隙をついてみるのはどうだろうか。
悪戯心が、わくわくしてたまらない。怪物は慌てるだろうか、怯えるだろうか。逃げるだろうか。町一つ敵になった場合、町の多人数による暴力に対しどれほど抵抗してみせるのか。
リコンレスタ統一後、ギリアクレスタのトップとして怪物と形だけの協力を約束したらどうだろう。もしくは統一直後に自分が逃げたらどうなるだろう。一つになった犯罪組織がバラバラになる瞬間をどう怪物は感じ取るのか。
計画が崩れたと焦るのか。
プライドのまま怒りたつのか。
無表情の仮面を壊し、怪物としての本性をさらけ出すのか。
わくわくがたまらない。狐顔の男はもはや退屈な様子は忘れた。王国で有名な怪物を騙したら、己は有名になるのか。
リコンレスタ統一後にギリアクレスタとして一定期間仕事をし、力を蓄えて怪物に反逆するのもいい。
その内心から浮かび上がる色々な未来。もはや実現したい、かなえてみたい。心が読めない怪物ならきっと楽しめる。そう身勝手な我儘を狐顔の男は想像したのだった。
その内心を彼は察しない。
「・・・僕は自分で言うのはなんですが、優秀ではないので。・・・おどかされたら心が駄目になるかもしれません」
「またまた、お兄さんは嘘つきだな」
そう彼の自己評価に、狐顔の男はにこやかに違うと言い含めた。彼は謙虚でなく、自分は優秀でないとしっている。狐顔の男は彼を優秀とし、リコンレスタにおけるライバルに指定した。
なんでもできた狐顔の男。初めて何でもが通じない相手が目の前にいる。彼という怪物という強敵。
楽しみができた狐顔の男はもはや要求しない。彼に対し要求をしない。勝手に彼を巻き込んで楽しむことにしたようだ。
今だけは仲良く協力をする。こういうロクでもない若さが狐顔の男にはあったのだ。
だから少しの間、狐顔の男は怪物に協力をするのだ。従うのではなく、協力だ。
それと同時に彼も予測する。
狐顔の男の変化をみて、予測する。
危険という予測。彼の人間観察が警戒を促すのだった。常人ならば流される状況であっても、不審がある場合彼は注意する。人間関係において自分がまきこまれる場合、彼は全てを警戒するのだ。だから狐顔の男が企んでいることを前提に物事は進められていく。
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