怪物の進撃 9

 破壊のエネルギーが街並みを駆け抜ける。かつては地面を整備された寂れた石畳。その寂れは、ぐしゃぐしゃと勢いよく踏みつける音が加速させていった。風を切り裂き、地面が抉れて暴走する。剥がれた石畳の下にある土が舞い上がり、空気を茶色く染め上げていく。






 止まらない。それは一個の存在が生み出すエネルギーだ。






 エネルギー源たる存在は、ただ地面を踏み抜き、廃墟へと肉体をぶつけていった。ぶつかったと同時に轟音が響き、天井が地面へと落下して倒壊していく。ひとつ、二つと廃墟が崩れて終わる。






 崩れた廃墟、砂煙が舞う中、姿を現したものがいる。町を人並みに破壊し、暴れまわるもの。






「ぐるぁぁぁ!!!」




 咆哮が走る。黒い巨躯を生かした突進、その突進はやまず、廃墟、地面の石畳、道に敷かれたバリケードなどを悉く粉砕していった。Aランクの魔物、それも重量級の魔物の突進に耐えられる建造物などはない。下手な魔物など敵ではない。下手な人間など相手にすらならない。人間が耐えうると計算されたものは、それ以上の力で蹂躙されていった。








 牛さんが町を破壊している。








 抑えはない。ただ壊し、廃墟や道のバリケードだけをひたすらに壊していく。それが命令であり、指示だからだ。ただその牛さんの顔にやる気はない。渋々やっているという表情だ。だからこそ、突進にいつもの過激さはない。






 歯向かう物を駆逐する、怪物の配下に相応しい魔物の姿ではない。ひたすらに命令をこなすだけの破壊者だった。ただ、やる気はなくても軽い突進で町が壊れていくだけなのだ。










「いやいや、お兄さんの魔物恐ろしいね!これがトゥグストラとかいう魔物か、この町一つこの魔物で壊しきれちゃうんじゃない」






 破壊のエネルギーが駆けた後に、その後をなぞるようにゆったりと歩むものがいる。愉快気に壊れた街並みを観察している者、狐顔の男だ。先頭では砂煙が舞い、破壊の音のみが後方へと流れていく。牛さんが破壊し、狐顔の男がその後を続く。また狐顔の男一人じゃない。後ろには数十人もの人々が続いてた。






 その人々と狐顔の男に面識はない。されど狐顔の男に人々はついていっていたのだ。その人々は壊れた街並みを見つめ、口を開けていた。また倒壊された廃墟や足跡が残る地面などを見つめ、破壊の力の強さを噛みしめさせていた。たかが一匹、魔物とはいえ一匹。それで町が壊れていく。










 道に敷かれたバリケード。木や鉄などで作られた対人用のそれは、形も残っていない。人々が歩いてきた方向に棘のついていたバリケードは、棘すらねじ曲がり、衝撃によって部材ごとにはじけ飛んでいた。このバリケードを敷いたのは人々じゃない。リコンレスタの何もしない人々が作ったものではない。






 犯罪組織が作り上げたものだ。ただし、かつてはあったという過去形だ。過去となる前はミディアレスタ。そのミディアレスタの元構成員たちが作り上げたものだった。ミディアレスタの勢力圏を守るためのものであっても所詮は牛さんの敵ではなかった。








 人々を連れ、狐顔の男は進む。破壊の音が、砕ける音が、ぎしぎしと視線の届かないはるか先から響くのだ。それは純粋な力、破壊の力。






「楽しいな!楽しいな!人間じゃこうはいかない!並大抵の魔物じゃこうはいかない!見てみなよ皆も。すごいだろ、魔物がぶつかっただけなのに、この被害。あっはっはっはっは」






 そう、狐顔の男は心底楽しげだった。牛さんが町を壊すのは狐顔の男の指示だ。これには意味があり、その後に生かす破壊なのだ。人間では廃墟一つ壊すのに時間がかかる。魔物であれば一瞬で終わる。






「作るのに時間がかかるのに、壊すのは一瞬だ。誰かの家が壊れていくのは見ていて楽しいよ!さすがお兄さんの魔物!さすが怪物の配下!!俺じゃあここまで壊せない」








 狂ったように笑うのが狐顔の男だ。足は止まらず、進む。歩む。足は止めずに、町の姿を楽しんでいく。かつては誰かの住んでいた家。かつては愛情をはぐくまれた家。かつては誰かが生まれた家。思い出の詰まった家があった。廃墟であっても思い出の塊のはずだ。






 それが壊れる姿など、興奮しないわけがない。






 狐顔の男は。






「さあ皆行こう、目的地はあの煙の先さ。皆の思い出の町を楽しみながら進もうじゃないか!!!」






 怪物の恐ろしさ。やり口だけではない。頭脳だけではない。単純な暴力においても怪物は狐顔の男の先を進む。




 強敵。




 リコンレスタ統一したギリアクレスタで怪物に勝てるかどうか。






 その計算も楽しみながらされていく。結果は否。普通に負ける。統一直後では勝てない。一匹の魔物でこの被害。リザードマンもオークもいる。トゥグストラだけではない。怪物の最強の魔物、トゥグストラに統一直後では絶対に勝てはしない。リザードマンとオークだけならば勝てそうではある。だけども、怪物の魔物といえば話は別。








 なにせリコンレスタという弱者に厳しい町で、最強の魔物を貸すのだ。あのリザードマン、オークだけしか連れていかない選択などあり得ない。むしろ貸し与えてくるのはリザードマンとオークだと思っていたぐらいだ。






 そもそも、魔物を貸してくるとは思っていなかった。




 この廃墟を破壊して進むたびに、怪物はいない。魔物のみを貸し与え、怪物は他の用事があるといって狐顔の男に自由を与えたのだ。




 思い返せば。




 あのとき、ハリングルッズから出た後、一緒に街並みを歩いた。そしてトゥグストラに守られる人々と出会ったのだ。トゥグストラに対し、怯えながらも逃げることのない人々たち。その哀れな安全乞食に対し、侮蔑の表情を隠さず、見下したものだ。






 怪物は言った。






「・・・あなたには人々を連れて、町をまとめていってもらいとおもいます」








 反論はない。作戦はない。








「・・・あなたの自由にどうぞ・・・一応ハリングルッズからこの町に滅んだ組織の残党がいるとか聞きました・・・その方達をまとめてみるのからどうでしょう。・・・まあ自由に、まとめてもまとめなくても大丈夫です・・・ただお願いが三つほど」








「なにかなお兄さん」






 怪物のお願い。提案。それに頷くよりも先に会話を全て聞き出そうとしていた。怪物から情報を聞き出してからでも、判断は遅くない。






「・・・ひとつ、人々に協力を絶対にさせること」






「なんのため?」






 狐顔の男の素朴な疑問。人々がいなくても、自分一人でなんとかなる。時間がかかるが何とかなる。人の数が多ければ多いほどリコンレスタ統一は早くなるのは事実。だけどリコンレスタの人々を使いたいとは思わない。






「・・・動く癖をつけさせたい」






 怪物の答えは簡潔。そして続く二つ目のお願い。






「・・・二つ目は、人を殺さないこと」






「リコンレスタの統一に誰も殺せない?無茶を言わないでよお兄さん、どうやって纏めるっていうのさ。この町の本質は知っているでしょ?力がなければ意味がないんだよ?虐めなきゃ、甚振らなきゃ、お兄さん、わかる?見せしめが必要なんだよ!」






「・・・第三のお願い。これは貴方のいう、見せしめに値するかもしれません」








 そして見せしめの力として。






 黒い巨躯を持つ魔物、トゥグストラに手を向けた。向けられたトゥグストラは、目を大きく広げ、怪物を凝視していた。筋肉の発達した四駆、見るからに刃物すら通さない、頑強な肉体。骨格の隅々まで破壊をイメージして生み出されたと思われる魔物。






 その魔物が怪物を凝視している。それは驚愕からなる凝視だった。魔物からしてみても、怪物の手ぶりは予想外だったようだ。






「・・・この魔物を貸しましょう。この子は貴方の指示にある程度従います。裏切ったりもしません、強いです。見せしめになることでしょう・・・この魔物を貸すかわりに人を殺さない条件を与えます」






 そして狐顔の男からも魔物からも困惑の表情が漏れた。魔物も困惑するのかという発見とともに、抗議の声が出ていた。人々からでも狐顔の男からでもない。






 魔物から抗議の声が上がったのだ。鳴き声でもあった。もーもーという悲鳴のような鳴き声だ。怪物の足もとまで来て、必死に怪物の足に体をこすりつけて抗議する。鳴き声がするたび、トゥグストラは怪物を見上げた。何度も見上げた。






 魔物がこびへつらう人間。








 奴隷や束縛された魔物の反応ではない。心から尽くそうとする姿だ。






 されど怪物は変わらない。魔物の体を撫でて、そして告げた。その内容は決して聞き取れない。小声ではない。言葉にすらしていない。口パクで告げたのだ。






 見上げた魔物に対し、口パクで何かを伝えた。






 その瞬間、魔物は怪物に体をこすり付けるのをやめた。






 怪物から離れ、狐顔の男の元へと来たのだ。渋々、仕方ないといった反応で魔物は狐顔の男に従うそぶりを見せたのだった。






 その際魔物の心を読めるかと思い、観察もしたが読めなかった。魔物の心は読めないという結果とともに、怪物には魔物を貸さなければいけない企みがあることを予測した。






 その企み、通じない。






 怪物の要求を従いながら、その隙を伺い反逆する。その意志と決意と計画を立て始めたのだ。












 ただし一つ訂正するのであれば。






 彼は牛さんに対し口パクをしたが、何も伝えていない。心を読めるとしって、貸し与える魔物に情報など渡すわけもない。リスクが高いのだ。教えて心を読まれて内容がばれても困る。






 教えたわけじゃなく、彼は表情で伝えたのだ。






 お願いといった、いつもの撫でを牛さんにしただけだ。食事のときでも草取りのときでも、困ったときでも、全て牛さんにお願いするように撫でる癖。その癖をもって、口パクをした。牛さんも勿論、口パクはわかっていない。だが真剣な彼の表情を見て、いつものお願いの撫でをされた。口パクとかいう手段に出た彼の思いを知ったのだ。彼は口パクなどしない。






 口パクは狐顔の男に対してのものだ。






 狐顔の男に対し、彼が警戒している。それを知ったからこそ、牛さんが監視役として力を貸すのだ。口パクは牛さんに何か重要なことを伝えたという振りでしかない。








 この際、言葉などはない。勝手に解釈し、勝手に役割を知ったのだ。






 狐顔の男が心を読む事実を牛さんは知らない。知っていたとしても変わらない。彼が警戒し、牛さんに頼んだ。その中で彼は考えているはずなのだ。心を読めたという事実を知っていても主人を信じている。彼は考えて対策している。重要事項を伝えないという対策。






 彼が警戒しているとすれば、狐顔の男も彼を注視している。






 牛さんは彼の守護者である。






 彼が不利なこと、危険なこと。その不利と危険を持つ者、狐顔の男。ゆえに渋々従い、ある程度命令を聞いてやるのだ。






 彼と狐顔の男と人々の三角関係。






 悪い意味で、最悪な関係だった。彼という一つの角も、狐顔の男という角も、人々という角も、どの角からしても他の角は信用ならないものだった。












 このリコンレスタ統一線、友情も愛情もない。信頼も信用もない。












 その回想を思い返し、狐顔の男は笑うのだ。






「リコンレスタを統一するギリアクレスタは皆様の力によって支えられております。だから皆、一生懸命歩こうね!!」










 壊れていく廃墟の姿をもって、人々を導く。












  だが、人々は幾人かが足を止めた。壊れた街並みに、悲痛な思いを表情に乗せて足を止めていた。その壊れた廃墟群に自分の思い出があった者たちの足が止まった。












「俺は言ったよ?皆歩こうねって!足止めた人さ」






 だが思いの町が壊れていく中で、すぐさま動ける人など少ない。体は動いても心が動かない。狐顔の男が軽く言った程度でショックが治るわけじゃないのだ。






 そういう人々の様子を見た瞬間、嫌がらせが頭に浮かぶ。






 それは狐顔の男の思い付き。足を止めた一番近くの人に視線を向けた。そしてすぐに心を読む。その人の想い、感情、弱点、全てを読み取った。








 廃墟に対しての想い。




 そこにあふれる家と培った思い出。この区画で生まれた夢と希望。それらがフィードバックされた心を読み取ったのだ。






 そして口に出すのだ、最低に。






「娘さんがいるんだ、可愛いね!!奥さんは娘さんが小さいころ死んじゃったんだ!!可哀想に!!その娘さんは、俺と貴方が出会った近くに隠れているんだね!リコンレスタは危険だからね!!可愛らしい娘さんなんて悪い男たちに食べられちゃうもんね!!隠さないとね!!!うんうんうんうん」










 そして別の人物に視線を変えた。足を止めた別の一人。








「あなたは家族がいないんだ!皆死んじゃったんだ!可哀想だね!!なんと犯罪者組織の犯罪に巻き込まれて殺されちゃったんだ!!許せないね!!うん?でも大切な人がいるようだね!!友人がいるんだ!!家族を失って苦しかったときに助けてくれた友人がいるんだね!!その友人は怪我をして動けないんだ!!!代わりに色々してあげているんだ。うんうんうん」






 また別の人物。




 また別の人物。






 足を止めたものたちの心を読み。弱点をさらしていく。






 狂気に満ちた笑みは決して常人で生み出されるものではない。読まれた人も読まれなかった人も、足を止めていない人も、この心理読み劇場に視線を奪われた。耳を奪われた。幸せからなる者でなく、不安からなる思いが狐顔の男を見ていた。






 恐怖だ。




 心を読まれる恐怖もある。






 だが弱点を知られる恐怖。






 知られたくない思いを知られる恐怖。








「みんな、おいしそうだね。娘さんも友人さんも家族も両親も、全ておいしそう。ところで足を止めた皆!!歩きたくなったんじゃないかな!!思い出の町の悲しみなんか忘れて歩きたくなったんじゃないかな!!!それともまだ歩きたくない?疲れちゃった?いいよ、娘さんも友人さんも家族も両親も全て忘れて休んじゃおう!!だって歩きたくないんだもんね!!なら動かなくていいよ!!」








 青ざめた人々のことなど狐顔の男は気にしない。








 人々を支配するのはいつだって恐怖。






 力なのだ。






 人の数は力だ。だが働かない人の数もまた力なのだ。理由をつけて働かなくて済む可能性を壊して、働きたいという意志を作り上げる。








「みんな、みんな、俺が楽しんであげるから!!!」








 その瞬間、足を止めた人たちは恐怖に支配された。狐顔の男という狂人に、支配された。人の数で押し切れば、狐顔の男など簡単に倒せる。だが怪物の指示で動く狂人は倒せない。倒せば怪物を敵に回す。だが狂人は自分たちの大切なものに手をかける。






 やるせない思い。






 この場から逃げたい。




 でも逃げれば、逃げ場所がなくなる。心の逃げ場がなくなる。










 そうして、狐顔の男に歯向かえない。怪物というブランドを利用しての脅し。それを狐顔の男は理解して利用する。初めは怪物、人の数でどうにかできる相手じゃない。怪物を盾にし、直接的な暴力を阻止。そこから生じる精神的浸食で狐顔の男へ恐怖をシフトさせていく。






 全ては怪物に反逆するため。










 その企みは狐顔の計画。






 だが上手くいっている。足をとめた人々は、心に鞭をうって歩み出した。涙を流し、故郷に思いをはせた。大切なものに涙した。この大切なもの、思い出に浸ることすら許されないなら泣くしかない。






 歩きながら泣くしかないのだ。








 いつからか、怪物よりも狐顔の男の方が怖くなっていた。




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