人形使い 15

 人形の口が大きく開く。この場にはいない老婆の思いが人形の口を借りて出てくるのだ。




「やはり、貴様はここにいた。わたしの未来に怪物はいなかったんさ!!あのような化け物じみた人間はいなかった!!貴様が連れてきたのだろう!!作り上げたんだろう!!人類を守るための力を利用して、死ぬ未来に抵抗してみせた!!あの怪物の裏にいるのは貴様なんだろう!!貴様が親玉で怪物は右腕ってところかい!!貴様は使えるものなら誰だって活用する外道だからね」




 アラクネの群れの中にいた過去。雲が初めて人類を目にしたのは、森に同胞の血が流れたときだった。それを成したのは人間だ。それは個人でなく集団だった。それらは冒険者たちや傭兵とハリングルッズの連合であり、責めてきたのだ。アラクネを一網打尽にすべき、人類が手を打ってきたのだ。アラクネという命を金銭に換えるべき冒険者たち、傭兵たち。ハリングルッズの商売の邪魔になりそうだからと、金を戦力たちに回し、自ら部隊を派遣する。




 人類はアラクネを障害としてみなし、排除しにきた。






 その混合組織に身分を調べるものはいない。身分を隠しつつ、老婆が所属する協会の戦力も少数ながら紛れ込んでいた。老婆たちがその連合に紛れ込んだ理由こそ。




 予知である。




 老婆が見てしまったのだ。




 未来を。




 人類が半減する未来を。予知夢として、確実に起きる事象。






 本来ならばたかが人間一人の夢、預言など戯言しか感じないだろう。だが老婆の夢は違う。予言は当たるのだ。それを実証した事件も、予知したあと、その事件が本当に起きるか放置。放置した結果、老婆の予言通りのことがおきた。だが当初、老婆が手を回し預言の通り事件を作り上げたという風潮もあった。




 




 そのため老婆を少し監禁し、預言させた。




 手をだせないよう、食事と水。掃除以外は誰もこない孤独の檻。予言をした場合のみ、貴重な紙に記載し、それを檻の隙間から外へ出す。




 見事あてた。いくつも当てた。




 協会が窮地になる預言もし、それの原因も実現する前に対処。結果訪れるべき、未来はなくなったのだ。






 生娘だったころに他者に教え始めたこと。予知が見えたのは子供のころだ。意識することなく、見てきた。それが年を重ねるたびに、衰えることなく未来を知らされていく。重要度が高いものは対処し、年をとって能力が正しいかどうかも定期的に調べ上げられた。そのなかで比較的軽いものは放置し、事件化させたりもした。そうして、予知は定期的に真実とみなされていったのだ。




 外れた預言はない。




 そんな老婆が未来において、人類は半減するという予言を出した。犯人もわかっており、居場所もわかる。種族も名前も見た目もだ。全部わかっており、できる限り書類として協会の重要な立場のものにつたわった。




 重要な立場の者は悩まず、対処を命令。




 いくら名前も種族も見た目もわかっていても、結局アラクネなどどれも同じ。人類だって、国家間の間においての民族の違いなど見比べられない。西洋人から見た東洋人が同じ見た目。東洋人から見た西洋人が同じ見た目。同民族であれば、誤差などわかる。だが他民族同士の誤差を見分けるなど、極端な見た目の差以外、至難の業だ。




 人類からしたら、アラクネの見分けができないのだ。




 できるのは直接予知をした老婆のみ。




 老婆は予知をしてきて、それの未来を阻止するため行動してきた。その行動のなかには対象を確実に見抜く技術が必要だった。だから学び、老婆は自分のものにしてきたのだ。他民族の差も見分けられるし、魔物の雄、雌かすらも見抜ける。似た虫たちの種類すらもだ。




 誰かに任せず、自分から進んで動いたからの技術。




 老婆は、預言者ラクーシャは現場主義者だった。




 直接現場に赴き、老婆以外であれば間違いも起こることもあっただろう。関係のないものを殺し、関係あるものを見逃すこともあっただろう。老婆以外に協会に適任者はいなかった。未来における害悪を予知し、その存在を確実に見つけ出す。それを同行した仲間に教え、排除させてきた。




 その労働は人類の未来にかかわるものだ。その責任は人類の未来に直結している。




 その労働は責任である。労働における責任を行使し、その後ろに続く信用こそ。




 預言者ラクーシャの価値であった。




 預言者ラクーシャは人類の未来への奴隷だった。






 その予言者の未来は、今では人形使いになっていた。誰よりも誰かを見分ける目。かつての栄光を保つ一員のそれはなくなった。誰よりも優しく、厳しい存在。母であり、父の立場でもあった、聖母の異名。それは墜ちて悪名高きものに成り代わってしまった。




 その目。




 未来を予知する能力。




 それらはなくなった。預言者ラクーシャの能力も目もなくなった。




 その原因は雲である。成したのは冒険者、傭兵、ハリングルッズの連合による攻勢のさなか。その中に混じった老婆。その他の人間とは違う別の強さを雲は初見で見抜いた。生物としての勘が老婆に潜む異質な力に気づいたのだ。




 その老婆の取り巻きも、老婆自体にも当時の雲は勝てなかった。




 だから雲は仲間を利用した。アラクネからも好かれず、仲間外れにされていた嫌われ者。そんな雲の言葉を信じるものはいない。雲が老婆が危険だといっても、誰も信じず放置することだろう。強いだけでは、アラクネは対処しない。強ければ逃げるのがアラクネなのだ。




 アラクネの領地は意外と広い。




 森林にすみ、木々の間を手足を動かすように、飛び回る。木々の間を飛び、障害物がないかのように地面をかける姿はまさに森の王。戦闘能力も高く、人間のごとき知恵をもつ魔物。




 それの数は多かった。人間からすれば少ないが、魔物にしては多いのだ。




 責められている箇所と、責められていない箇所。雲がいたのは責められていない箇所だった。そんな場所に老婆とその仲間だけはいたのだ。いまも命を使い、人間の攻めに抵抗する仲間。それらとは裏腹に呑気に過ごすアラクネもいる。雲は後者の呑気のほうだ。




 だから雲は指を老婆に向けた。




 雲はあの老婆だけは見逃してほしいと仲間に頼み込んだのだ。




 嫌われ者、アラクネの中ですら異常性が突出した雲のお願い。そんなものが頼むお願いなど、まっさきに狙うにきまっている。仲間は雲が懇願すればするほど、老婆を責めた。ほかの連合における戦闘領域が広がっているなか、老婆とその仲間は連合とは違う位置で独立して動いていた。紛れ込んだだけで、同じ志で動くわけじゃない。




 雲を、魔王ガーレアシアだけを狙った襲撃だった。




 だがアラクネは一致団結し、老婆たちを狙った。雲の手のひらで踊っていることにも気づかず、雲を傷つけるためだけに団結したのだ。老婆を殺す、雲の願いを踏みにじるために。




 平和だった箇所のアラクネ全員を投入し、老婆の仲間を殺害。老婆を息も絶え絶えにまで追い込んだ。




 本来ならば死ぬ、あのアラクネは強者である。Aランクの魔物の襲撃を防ぎきることすら、難しいのだ。仲間の命を消費し、老婆だけは生き残った。仲間は命をかけ、老婆を救って見せた。お互いの関係をしるがゆえに、感動すら覚えるだろう。




 死者に対し、死んだ仲間に対し、老婆は。預言者ラクーシャは涙した。その仲間の思いと責任によって助かった己の命。自己犠牲に対し、感謝していたのだろう。






 それを踏みにじったのが雲だった。




 涙し、自身も死にかけでありながら生き残った感情に安堵した老婆。そのすきを狙って背後から雲が襲撃。生物の基本として、目をとれば大体動けない。安堵の表情を浮かべながら、後ろから伸びてきた雲の手の影に反応が遅れたのだ。




 気づけば両目に激しい痛み。突如訪れた暗闇。




 雲の両手には、老婆の両目が綺麗にのっかっていた。




 老婆の頬を伝う、熱い液体。液体が伝わるのが両頬であった。ならばそれは血液なのだ。






 老婆は両目を失ってもなお取り乱さない。すぐさま周囲に魔法を乱射。自身の周囲に電気を散布する魔法の連射だった。雲は回避できず、その電撃の餌食になったのだ。地面すらも空中すらも電気が散布され、雲の手足の感覚はマヒした。






 背後で両目をとって、油断をした雲。




 お互いがお互い、安堵した油断をつかれたのだ。






 老婆は背後でマヒし、倒れた雲の気配を頼りにさらなる攻撃魔法を放つ。風の渦を引き起こし、雲の体めがけだ。勢いよい風の渦、当たれば体はバラバラにさかれる暴風だった。それは当時の雲では回避できない。対処できない。






 死ぬはずだった。




 しかしながら人間の連合の攻めに、後退してきたアラクネが戻ってきたのだ。そのアラクネは環境の荒れ、仲間の死体を見た。そこに異物が混じり、人間の死体があった。戻ってきたアラクネたちは、奇襲を受けたと悟ったのだ。怒りよりもまず冷静に対処する魔物たるアラクネ。




 嫌われものである雲。




 それが老婆の近くで倒れ、奇襲に対し反撃をした姿のように両手を真っ赤に染めていた。老婆の両目から垂れた血。匂いが老婆に対し攻撃をしたことを物語る。アラクネは森において嗅覚は異常に高い。森林の親和性。慣れた環境における、通常とは異なる匂い。




 雲は嫌われ者である。




 だがアラクネの仲間たちは助けるように、老婆へ攻めていった。助けたくて助けるわけじゃない。あくまで雲から状況を聞き出すために、生きていなければいけないからだ。




 風の渦は雲に害をなす前に消失。




 老婆は殺気をもとに魔法を。




 アラクネと老婆の戦い。目も見えず気配の身を頼る老婆には勝ち目はない。せめて視力があれば勝てたのだろう。雲から見た老婆は異常に強かった。強くなった今の雲ですら、当時の老婆の全盛期には手こずることはわかりきっている。




 雲は生き残り。




 老婆が死ぬ未来を予測した。




 しかし、老婆は別の手段で視力を手に入れたのだ。






 追い込まれた老婆は、魔法を使用。その魔法こそ、人形使いの原点。死霊術を使用。協会において禁忌の一つ。死人を操り、己の奴隷とする術。それを使用し、仲間たちの死体を戦力に換えた。また視界をリンクさせたのか、状況を見渡せる別の目を手にいれた。






 そして老婆とアラクネの戦闘は続行され。




 負けたのがアラクネだった。その戦いは激戦であり、仲間の死体は無残なものとなった。老婆も疲れ切ったのか、その場に座りこみ、息を整えていた。






 ようやく麻痺から立ち治り、雲は気配をおしころしその場を逃げた。あの激戦から勝者となった老婆を前に雲は好奇心を押し殺した。今なら勝てるという好奇心を抑制した。




 逃げる際、気配がもれたのか。




「待ちな、今ならお前でも勝てるぞ、外道」




 老婆が生き絶え絶えに座りながら挑発してもきた。だが雲は一切近寄る気はなく、離れていく。その際、アラクネの死体、人形の死体の目に雲は映った。その時の雲は老婆が死体の目を通じて状況を見れることをしらなかった。死体を動かせるだけとしか思わなかった。だから老婆のみを注視し、死体の動向だけしか見ていない。




 その死体の目に映った雲の姿。






 それで初めて老婆の表情が衝動に突き動かされたものになる。熱を帯びた殺意のそれを浮かべ、老婆は預言の正しさを実証。






「ガーレアシアー!!!!!!!!」




 張り裂けんばかりの大声を、老婆の喉から解き放つ。未来の害悪にして、今の目を奪った最悪。その宿敵を前にし、老婆は大きく手を伸ばした。体が疲れを感じ、年が体の自由を奪っていく。若かりし頃なら、あれでも動けたのだろうが。




 今は動けない。




 離れていく雲の姿を前に、叫ぶしかなかった。






 その際、雲は両目だけは持っていった。




 その目を調べ、予知の力を持っていたことを雲は発見した。




 たまたま、運が良く、能力を奪った。




 その際、付属品として、人の最後の思いをかなえる代わりに、呪いとして制限する能力も手に入れた。老婆が己を殺し、人類の未来をかなえてきた意志。まぎれもなく他者への救済であり、己への制限である。




 思いを救済をする代わり、雲が狙った相手の行動をさせなくする。




 この能力は老婆の人形使いとしての素質から転じた派生能力である。目を奪った際に付属品としてついてきた。










 老婆と違い、予知する能力を雲は使いこなせない。未来の予知など一部しか雲はできない。できたのは自分の未来を知ることだ。自分を害した者、かかわった者への知識だけだ。それも断続的でとても活用できたものではない。




 英雄ベルナット。




 第三聖女。




 その知識こそ、未来から引き抜いたものだった。








 それこそ魔王ガーレアシアの原点。力の根源だった。呪い、中途半端でどうしようもない予知。




 過去の記憶から雲は意識を覚醒させる。






 所詮、過去。






「・・・ざんねんながら・・・きみのように・・・のうりょくはつかいこなせない・・・わかったことは・・・どうあがいてもしぬみらいだけ・・・ぼくだけではどうしようもない・・・みらいで・・えいゆうにころされる・・・」




 雲は老婆の怒りに、冷静に答えて見せた。奪った能力をそのまま使えるほど雲は万能ではない。英雄の心臓を奪った際も悪意の感情がなければ抑え込めなかった。ましてや奪ったばかりの状態で悪意の環境たるベルクから出れば、英雄の魔力にのまれて爆死する。




 英雄の手によって確実にガーレアシアは死ぬ。その未来を雲は引き継がないかわりに、大きな制約を受けたのだ。




「・・どんなににげても・・・どんなにへいわでいても・・・かくじつにころされる・・・そういうみらいはいくつもしった・・・しったのはじぶんのことだけ・・・あとはちしきだけしかのこさない・・・しりたいことばも・・・なまえも・・・きけばわかるだけ・・・かってにはおしえてくれない・・・きみのようにはいかない・・・」




 雲は奪った預言の力を引き出せない。自分の未来だけを教えられ、どんなに対策をうってもその未来を殺す映像を毎回見させられる。あとは預言の力を特定条件下において、知識を引き出せるだけだ。




 雲が魔王という知識、聖女という知識。ハリングルッズという知識。ほとんどの知識は殺される未来からの単語。もともとは何も知らない、最低なアラクネなだけだった。




「当り前さ、予知は予知。わたしの能力はわたしだけが引き出せる。預言しよう、お前の死は確実に起きる。英雄ベルナットは死んでも死なない。確実にベルナットの意志をつぐものがお前を殺しにくる。魔王ガーレアシア、未来の害悪。配下の怪物もろともお前に未来はないんさ!!」




 老婆の声が怪物が雲の配下扱いしてくるが、実際は違う。それを否定しないのも肯定しないのも価値がないだけだ。怪物たる彼を制御できるのは、いつだって人間の流れのみ。雲が生み出す流れではない。










「・・・そのみらいはくつがえせる・・・きみののうりょくでもわからない・・・みらいをひきだせる・・・そんな・・・おそるべきそんざいをしらないようでたすかったよ・・・」






 ガーレアシアは死ぬ。別の名の雲は死ぬかもしれない。その未来を大きく変えたものが一人いる。




 ガーレアシアの名のままであれば、ハリングルッズにとらわれたままだ。それからハリングルッズを乗っ取り、最悪を引き起こす力の一部とする。その手段は簡単。ハリングルッズの幹部。ガーレアシアの様子を監視しにきた女性を殺すことから始まる。実力も高く、ハリングルッズにおいて暗殺の名手。いくつもの名前をもち、高い戦闘スキルがあるため、並みの魔物では歯が立たない。




 下手に仲間がいれば、女性の邪魔となる。女性自体も仲間自身も同行に対し拒絶した。また強いからこそ信用もあった。だからアラクネの監視に一人で来ても誰も咎めなかった。






 そのすきをついて、女性を殺し、皮と声を奪い、姿を乗っ取った。女性になり切ったガーレアシアはハリングルッズでいろいろ策謀し、権力を握っていく。そんな絶望の未来の一歩があったのだ。




 その先にあるのが魔王の座。




 今では二度と訪れない。




 その未来を壊したのが、ただ唯一の人間にして、最弱の底辺。






 底辺たる彼が表舞台に現れてから、魔王の未来も変わった。死ぬはずだった者は生き延びた。生きるはずだった者は、未来より先に過去の栄光に沈められた。未来を知る力に尋ねても、彼だけは情報を引き出せない。




 自分にかかわるものへの予知が発動しない、唯一にして無二の存在。




 彼がかかわった人間は、予知から外れる行動をよく起こす。




 ガーレアシアの本名は雲というあだ名に変わったのも予想外。いや、予知外であろう。






「・・・しょせんは、のこりかす。ざんがいでしかなかったか」




 雲のつぶやきすら、相手には届かない。人形使いは過去では強く、今では大したことない相手だ。目を失う前の戦力と失ったあとでは比べようがないほど弱体化していた。並みのアラクネごとき雲でもひねりつぶせる。殺そうと思えば殺せる。かつての強敵は、強敵たりえない。




 ただ老婆の居場所がわからないから何もできないだけだ。




 そもそも、理解できてしまう存在など大した価値ではない。




 雲の頭脳でも、奪った予知でもわかってしまうものに感慨深さは浮かばない。




 彼のように、底辺で最弱であっても。




 まったく分けがわからず、予測もつかない人間のほうが価値がある。予知の能力ですら名前一つ、知識一つ出てこない。急に現れ、別の未来を作り上げた異常者。




 この世界線において、魔王ガーレアシアによる人類半減はない。




 彼が変えたのだ。知らず知らずのうちに、彼は未来を変えた。いくら雲が魔王ルートへ修正しようとも、彼が勝手に覆して、元に戻す。






 雲が企み動いても、それよりも先に彼の魔の手が壊してくる。




 その未来はわからず、考えても彼の考えなど予測できない。だから彼対策をいくらしても、回り道をしてきたり、直接きたりと多種多様な手段で未来を変えてくる。






 ならば、それは怪物ではないのか。






 ほかの魔物と違い、彼を崇拝する気などは一切ない。客観的事実だけを述べたうえでの答えだった。




 あれは、怪物である。










 


 この世界の存在ではない彼を、この世界の理が知ることは不可能だ。存在しないはずのものを相手に運命などは引き出せなかった。だから彼だけは超常の力たる予知にすら捕らわれない。




 雲は彼が異世界の人間だと知らない。異世界だの言われても信用どころか、頭がおかしいとしか思わない。雲は彼をこの世界の住人だと思っている。だから予知から外れることこそ、おかしなことなのだと信じ込んでいた。






 そんな存在と比べれば。




 預言者の残骸など。




 実はたいしたことがないのだ。




 雲が脳裏で老婆を格下と認定し、彼への対策にまで思考を使う始末。よそ見ならぬ、よそ思考。








「お前がおそれるものなど大したことはない。今のお前ならば殺して見せるさね。わたしはベルナットの意志を継ぐ一人。怪物も未来の魔王も死ぬ。それは間もなく訪れる。ようやく器に命がたまりだしたんさ。わたしが人を殺して人形にしてきた魂が、生み出した恐怖が器にたまった。今のお前も未来のお前も殺せるほどの力がね、ようやく手に入る。そしたら手始めに怪物を殺して人形にしてあげるさね。お前に部下に対する情はない。だが自分の物を勝手に使用されれば屈辱だろう?」




 老婆の恨みは相当だった。未来に対しても、過去にたいしてもだ。人類に危機を及ぼす存在に対し、老婆は全力で当たっていた。その未来を加速させたのが、老婆のせいである。だから命をかけて責任を取るつもりであったのだろう。




 老婆は勘違いもしている。




 怪物が雲の配下と思い込んでいる。その配下は有能で、殺されれば被害が大きいと考えている。感情などでなく、物に対する意識程度にしか怪物に思っていない。




 雲と彼は配下でもなければ、家族でもない。意志を疎通できる、共同体の関係でしかないのだ。もし彼が死んだとしても雲は悲しまない。それは事実、感情において彼に対し思い入れなどはない。




 だが雲は彼を守るだろう。




 彼の社会的立ち位置を守ることで、彼の安定を作る。彼の生命を守ることによって、雲の安定を作る。




 彼を隠れ蓑に、雲は勢力を拡大する。そのための布石。






 だが雲はそんなものなど気にもしない。






「・・・あれにかてるなら・・・かってみなよ・・・かてたらほめてあげる」






 そうして、雲は糸の鞭を人形の頭部に打ち付けた。雲の操作で動く鞭は、頭部の破壊する音よりも先に血しぶきをつくりあげた。その後に破砕音が遅れてやってきた。






 本来の未来において。




 ギリアクレスタは一切存在しなかった。リコンレスタはハリングルッズの奴隷生産拠点となって、住民総不幸という結果に終わっていたはずだった。ローレライはハリングルッズのもの。正しくは雲の手がかかったハリングルッズの勢力のもの。






 ニクス大商会なども存在しない。大商人などはとっくの昔に縊り殺されているはずだった。




 英雄など本来であれば生きていて、死ぬのはガーレアシアも一緒のときだ。




 ローレライの侯爵の娘、アーティクティカ。本来ならば女帝としてローレライに君臨する。革命を起こし、友人たる侯爵と共同戦線を構築。その二大侯爵の軍隊を前にローレライの王族は敗北。ローランドもカルミアも粛清され、一族の血すら残らない。アーティクティカに害意を向けたものは閑職に回され、権力の座から引きずり落される。






「・・・みらいをかえる・・・あれをあいてに・・・かてるならね」




 死ぬはずのものが生きて、生きているはずのものが死んだ。残酷なほどに無情な世界であっても流した血は少ない。消えた命は本来よりも少なすぎた。




 本来の未来を引き起こす魔王ガーレアシア。




 その未来を修正して現在のようにする彼。




 結果的に見れば、彼は魔王の陰謀をはねのけてしまっているわけだ。最弱たる底辺が魔王を相手に勝ち進んでしまっているわけだ。




 その異常性こそ。






「・・・むりだろうけど・・・」






 怪物そのものなのだから。




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