思いのままに突き進む

 彼の答えは決まっている。頼まれれば、出来ることでも失敗を考える。正解するか、失敗するかの二択選択の結果を想像し、失敗に思考が赴く。簡単に行えることならばともかく、他人のために彼が難易度普通以上の任務を行うわけがない。自分の日常をこなすだけでも難易度という括りを設ける人間なのだ。他の人間のことになると内容に関わらず高難易度に成り代わる。


 決断は早かった。


 むしろ決まっていたことだった。


「...僕にはできません。他の人に頼んでいただければと思います」


 集団は彼に願いを込めた。それで彼に決断をゆだねた。決断をゆだねるということは、否定することも許される。彼は主観と主権がない。誰かに頼られれば逃げようとする人間だが、命令されれば嫌々でも従うしかない。その命令に反発する気はあっても、することはない。


 彼は自分で考えたくない人間なのだ。


 彼は自分で動きたくない人間なのだ。


 人のために。


 自分のために。


 誰かの夢や希望のために。


 彼の希望や感動の物語のために。



 彼自身が動くことはない。


 必要最低限の行動と、努力。強者と弱者から馬鹿にされない程度の結果だけを残せればよいのだ。それが、ただ生きることのみという点において発揮している。


「な、なぜですか!!出会ったときの態度が気に入らないというならば、俺の首を切ってください。それで足りないなら、殺す前に痛めつけるなりなんなりとやってください。抵抗せず受け入れます!」


 集団のリーダーが思わず声を荒げていた。柔らかなリーダーの顔の造形から創造できないほどの咆哮といってもいい。


 それでもなお。


 彼はつづけた。


「...僕にはできません。ほかの方にお願いしてください」


 丁寧に応対しておきながら、表情すら変わらない。リーダーの嘆きや苦しみに近い嘆願を聞いてもなお、彼の表情筋は変わらない。


 なぜか。


 なぜか。


 引っかかるのだ。


 彼の経験が。彼の夢が。彼の希望が。


 何かが砕けてきた人生が。


 彼の感情を大きく揺さぶる。


「俺の命だけではだめならば、この者たち部下の命も貴方に捧げます!」


 リーダーの嘆願、他人の生殺与奪権すらも勝手に決める。リーダーに言われた部下たちもその言葉に異論はないらしく、ただひたすらに彼を見上げる。


 全員が真剣そうに。


 彼を見上げている。




 彼はなぜか。


 すごく苛立ちを覚えていた。


 リーダーの一言で反論もせず。命すらも他人のために捨てようとして。なおかつ一人のために集団が行動を起こす。



 素晴らしい夢物語だ。


 映画であれば、感動作とかいうキャッチフレーズがついたことかもしれない。人情味あふれる傑作とかも言われるかもしれない。


 でも、それは。


 それは成功したらの話。


 成功しなければ、意味がない。駄作と名付けられ、古臭く、寒い感動物語を名乗っただけの独りよがり。そういった悪態がつけられる。


 人助けもまた。


 意味がない。


 成功することを前提に動かれても困る。彼が動くということを前提にされても困る。彼が動かなければならない。その前提がさらに意味が分からない。


 勝手に組み立てた計画に。


 勝手に組み込まれる杜撰な設計。


 気に入らない。


 彼の感情は少し荒くなっていく。


 頼む人たちは勝手なのだ。


 常日頃から、あくまで頼んでいるという人たち。その人たちは頼んでいるという優しいクッションを敷いているが、実際は命令しているのだ。強要はしてない。あくまでも善意によって、勝手にやった。


 そう言い訳をつけるために、頼む人たちはお願いといういう名の命令を下す。


 命令を下すやつは屑という考えを持ちながら、人は人にお願いをする。



 できないと答えれば、すぐさま叩く。なぜできないの?都合がわるいの?ありとあらゆる方向で言葉を引き出させ、一方的に予定を組み替えさせたり、考えを捻じ曲げさせてくる。


 結果、承諾させる。


 頼んでくる人間は、命令をしない。



 あくまでも自主的な善意を強要させる。


 あくまでも。


 自分の手は汚さない。


 自分の評判を悪くさせず、他者依存の日々を過ごす。他者がやってきたことに勝手に加わったり、他人のものを勝手に自分の物のように計画に組み込んでいく。


 乞食。


 しかも図々しい。


 図々しい乞食が、弱者な奴隷を貪ろうとする。


 現代社会においての闇は。


 異世界という環境においても続く。


 委ねたくせに、望む答えを聞くまで。


 乞食は止まらない。


「助けていただければ!アイゼン様のためな...」


 リーダーという個人が演じるのは二役。


 嘆願者という弱者であり。


 その立場を利用した命令者である。


 そしてリーダーに自覚はない。


 弱者でありながら、上位者にあろうとする膝をつく集団。集団には自覚はない。自覚があれば、少しはマシな姿を見せることだろう。


 だから。


 彼はリーダーの続きの言葉を言わせたくなかった。


 珍しく。自主的に。


 口を開くことをなんとなく強要された気がして。


「なんなら全てをゆだねます!貴方の野望のために!!」


 彼が言葉を出すよりも先に、リーダーの願いが告げられた!対価を払う、だから助けろという答え。買い物するさい、お客がえらい、だから従えという暴論に近い。


 店は選ぶ権利を有している。全ての客を等しく受け入れるという義務はない。


 そして彼もまた、受け入れる相手を選ぶことができる。


「...遠慮を」


 彼が今持つ最大の危機感。


 集団がこれからいう言葉。


 誰もが簡単に予測できてしまう、最悪の言葉。


 それを阻止しようとした彼のか細いを掻き消すかのように。


「なんでもします!あなた様のために!俺と部下たちは!」


 最悪の言葉は放たれた。


 彼が最も。


 最も恐ろしいとさえ感じる言葉。


 最も聞きたくない。


 二度と言いたくない。


 失敗を生み出したものをリーダーは言ってしまった。




 途端に彼は、頭の奥底に閉じ込めてきた記憶たちが、湧き上がるのを感じた。失敗の記録、フラッシュバック。日常で。面接で。親友構築計画で。ありとあらゆる努力をして、全て失敗してきた経験が彼の行動を奪う。


 黒歴史を突然思い出すという展開に近い。


 これは思い出したくないという黒歴史。


 恥ずかしいことではない。


 努力があって、それが失敗した。努力内容も恥ずかしいことでもない。失敗してきたことも恥ずかしいことでもない。だけれども積み重なってきた失敗の塵はつもりつもって、山となっている。


 なんでもするから!と頼み込んでくる人間たち。


 なんでもしますと!面接で語った自身の記憶。


 全ての失敗の記録。記録の山が、雪崩を起こす。


 その山が突然崩れれば、誰だって動けなくなる。


 吐き気が少しできてた。


 彼は頼み込んでくる人間が嫌いだ。


 彼は自分にかかわろうとする人間が嫌いだ。


 全てが打算的で、彼自身が頼もうとすると全てを拒絶。そしてそのことを忘れた時期に、再びお願いという強要をしてくる。それを断れず、無理に押し付けられてきた記憶。


 友達にもならないくせに。


 自分たちがしたくないからというくせに。


 関係ない。


 関係ない。


 関係ない自分をまきこまないでほしい。


「全てあなた様のために!」


 不愉快だ。


 脳裏の外から聞こえる嘆願が。


 とてつもなく気持ちが悪い。


 かつて大会に出たことがある。魔物たちを率いて戦って、いつのまにか優勝してた。それだけならば、素晴らしい。でも大会に出るときの切っ掛け。


 切っ掛けは、自分からじゃない。


 他人からだ。


 あのときは何も感じなかった。


 なぜなら、打算的なものを感じなかった。そうじゃない。彼は理解している。真意はどうであれ、彼のために動き、自身が利益を得られないと分かっている人間が交渉人だった。あのときの子供騎士。


 あのときの子供騎士の泣いた顔。


 とてつもなく罪悪感がわく。彼の汚れて、卑屈になった黒い感情が少しだけ洗い流される感じがした。自身のために泣いてくれたのは誰もおらず、自身が泣いたのは数知れず。


 だから、あのときだけは何も感じなかった。


 町中で冒険者に絡まれた薬剤師を助けた。そのときは適当に対応した。擦り付けというか巻き込まれただけだったが、一応解決はさせた。別に労力とか対価とかを求めてはいなかった。だけれども、薬を提供してもらえるようになった。無料ではなく、お金は払うというもの。打算的である。不愉快はない。今も関係が続いているからだ。


 症状を伝えれば、薬を用意してくれる。割高料金じゃなく、若干安い値段で提供してくれる。他の相場より若干程度である。それでも、そういう心がうれしかった。


 大会に出る前に、薬を買った。一通りの薬だけを買っていこうとしたら、追加で購入したほうがいいという薬を言われた。それも心配そうに言った薬剤師の顔が今でも忘れられない。言われた通りの薬を買ったら、見事エルフの治療に使えた。


 打算的な関係は必要なのは知っている。


 だけど、そこに人間としての交流関係がつながっている。


 子供騎士と少年薬剤師。


 悲しいことに。


 彼が異世界で応対し、卑屈な感情が湧き上がらない存在は二名しかおらず。


 彼が交流して長かったのは、二名しかいない。


 人目を避け、人の興味が自身に向いてほしくない。だけれども友人はほしい。そういう面倒くさい彼が、なんとなく生きていけるのは、二名の交流関係のおかげだった。



 魔物たちは、彼を裏切らない。彼は裏切られたら即座に死ぬ。今も生きている以上、裏切られていない。魔物たちも彼がいなければ、生きていけないほどに依存している。ありとあらゆる分野において、魔物は彼を必要としている。彼もまた魔物を必要としている。両者の依存は、疑念すら持たせないほどに親密だった。



 だから、魔物たちのことはこの際考えていなかった。裏切らないと信じている。


 その魔物たちのほかに、二名だけは信じている。


 卑屈で、他者を信じられない。感情を表に出さない人形ぼっちが。


 珍しく信じる二名の存在。



 その二名とも程遠い集団が。


「アイゼン様を!」


 彼の生まれた温かみの空間に土足で入ってくる。



「...何度も言わせないでください。出来ないといっています」


 か細い言葉は続く。いくら覚悟を決めたところで咄嗟には出てこない。


「あなた様なら!」


 聞く気もない。取りつく島もないというのはこのことかもしれない。集団の懇願は結局望む言葉を言うまで続くのだろう。


 だからこそ。


 彼は上げていた手を下した。


「排除しろ、なるべく怪我はさせるな」


 聞かぬなら。


 つぶしてしまえ。


 乞食ども。


 魔物たちが牙をむく。牛さんが顔を凶悪にゆがめ。オークが槍をもってにらみつけ。リザードマンは静かに殺気を飛ばし。アラクネは牛さんの背中から飛び降りた。ゴブリン、コボルトたちは人間たちの数の多さに勝てるかなーという不安感を示す。


 だけれども。


 軍勢は動いた。膝をついて武器を手放していた集団に勝ち目はない。この後の結果、法的にどうなるかはわからない。だけれども疲れた状態で、一方的な嘆願を聞き続けるのも疲れてしまう。


 彼が忌み嫌う。


 そんなやからに。


 暴力装置を手に入れた彼の感情がとどまるわけがなかった。







 彼はお願いという教養を魔物たちに使う。自分と魔物たちに関係にとって明るい未来をもたらすことだと信じているからだ。乞食がもたらす一方的なものではない。


 家族に向けるお願いと。


 他人に向けるお願いは。


 違うものだ。お願いはお願いであれど、命令であれど、強要であれど。


 家族に頼まれれば、普通は打算的な感情を浮かべない。子供のころの親から頼まれた難易度が兄弟、姉妹によって違うという損得勘定はあるかもしれない。


 子供のずるいと大人のずるいは違うのだ。


 子供は何もしらないからずるいといえる。


 大人たちは知っているからこそ、ずるいという。


 自分が損をするから、ずるいという子供。自分が得をしないからずるいという大人。


 彼は前者と後者、両者とも関わりたくないけれども、でも別に子供の場合は。


 子供だからという言葉で済ませられる。


 だから、嫌いになるほどでもない。


 そして魔物たちは彼にとって、子供のようなものだった。魔物たちは聞き分けがよい優秀な子供たちだ。彼よりも強く、体力もある。度胸もある。助けてくれるし、助けてあげられる。お互いがお互いを信頼するという関係において、損得勘定なんか浮かぶわけもない。


 だから、彼は平気で命令もする。



 魔物たちの突然の暴圧に、集団は慌てて立ち上がった。だけれども武器を手にしていない。あるのは鋭くなった視線を彼に向けたことだけだ。


「血迷ったか!」


 リーダーが叫び。


「あなた方の言葉遊びにはうんざりです」


 彼が冷たく引き離す。


 両者の視線のめぐり合いは、魔物たちの波に飲まれるまで続く。素手で抵抗しようとした人間たちを魔物たちは強固な肉体をもって、受け止める。受け止めて、殴り返す。オークの力が、リザードマンの手刀が、魔物たちのある命令をもって、排除に努める。


 あくまでも怪我をさせない。


 けがをさせなければ、殴ってもいい。けってもいい。


 たたきつけてもいい。



 むちゃくちゃな暴論でありながらも、魔物たちは気にもしない。彼が望んだことに、間違いはない。間違ってたとしても気にしない。


 彼が自分たちを裏切るわけがない。


 自分たちが彼を裏切るわけがない。


 間違いは誰にもあるし、失敗は誰にもある。魔物たち一匹一匹にも経験がある。彼が失敗したなら自分たちが補えばいい。そういう補完てきな要素を取り入れた思考をもって、排除につとめた。





 そして鎮圧された。


 集団は悶絶し、その場で倒れている。気絶しているわけではないらしく、苦々しい顔で彼をにらみつける患者たち。その患者たちが倒れたことによって空いた道を通る。患者たちの脇を、すきまを冷たい顔で歩き、無視をする。


「恨んでやる!覚えて置け!アイゼン様が死んだらお前を!」


 誰が言ったかわからない。


 だけれども。


 彼は振り返る。悪あがきに軽蔑も、何か思い浮かべたわけでもない。少しだけ、少しだけ意地悪をしたくなっただけだった。


 でも集団のように、悪態をつくつもりはない。


 自然に浮かんだものをそのまま表に出すことにした。


「誰かに頼ろうとするくせに、断られたら憎むとか」


 彼は呼吸を挟む。感情は表情には出ていない。


「本当につまらない」


 だけれども言葉には出ている。


 眼光にも出ている。


 つまらない。予想通り過ぎてつまらない。興味もなくしたように彼は言う。集団は痛みに耐え、なおかつ彼からの屈辱的な対応に視線をそらす。悪態を吐き出した人間が誰かはしらない。興味もない。集団全員が視線をそらし、彼からの冷え切った視線から逃れようとあがいた。



 この結末に。


 もし後悔という感情をもちこむのならば。


 対応を間違えた。


 これは彼と集団が思浮かべた共通認識であるのは間違いない。

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