5話 第二幕 ~月明かりの公園で~ ①

3月18日 21時35分  日暮里駅近辺にっぽりえききんぺん


 迷い猫のプルート探しを始めて4日目の夜、谷中の住人から得た情報をもとに、私はとある公園に向かった。


 JR日暮里にっぽり駅の近く、この辺りはお墓も多く、夜はどこか不気味な雰囲気が漂っている。


 お墓はしっかりお経をあげて埋葬されていると言われるが、やっぱり怖いものは怖い。


自然と体が強張り緊張しているのがわかる。頭で冷静に考えても、身体が反応するのは私のせいではない。


 ここの公園を管理している会社の清掃員の情報によると、プルートらしき黒猫が公園の砂場の近くを寝ぐらにしているとのこと。


ただ、その子がプルートの1番の特徴であるオッドアイかどうかは不明である。


 青白い月明かりに照らされながら、誰もいない公園を歩き回る。しかし、昔から怖がりの私の心臓はドキドキと大きな音を立てていた。


 自分が踏んだ木の枝の音に悲鳴をあげ、塀に映る自分の影に腰を抜かす。毎度ながら探偵として情けなくて困るのだが、数少ない目撃情報だ、行かないわけにはいかないだろう。


 最後の切り札で猫の仲間と思わせて引き寄せを狙う得意のネコの鳴き真似をしながら歩いていると、猫の鳴き声が聞こえた気がした。


「!!」


 その鳴き声の方を振り向き目を細めて様子を伺う。すると、視界の隅の草むらの奥に何か光るものがある。


「にゃ?……何だろう?」


 私はドキドキしながらも好奇心に負けて草をかき分けてみた。


「?!」


 すると、月明かりに照らされた黒い大きな何かを見つけてしまった。


「ひゃ?!何?」


 私の呟き声が裏返った。冷たい夜風が頬を撫で、無意識に襟元をぎゅっと掴んだ。風に吹かれて少し乱れた髪が、顔の横でさらさらと揺れる。


 手足のようなものがあり、頭のようなものもある……どう見ても人の形だ。その何かは微動だにせず、生きているような気を発してはいない。


「人形だよね?……多分マネキンとか……不法投棄は……いけないのにねぇ……」


 どうでも良い独り言で正気を保とうとするが声は完全に震えている。私は辺りを見回し棒になりそうなものを探すと小枝があった。


 その小枝を掴むと、腕を思いっきり伸ばして何かを突く。枝先からは人形ではあり得ない塩梅あんばいの感触が伝わって来る。


「──人なの?ちょっとやだ!」


 再び腓返りこむらがえりが起こりそうになり、私はその場にしゃがみふくらはぎを揉む。しかし私のすぐ側にはどう見ても人と思われる何かが……


 よく見るとその何かは何処かを指差している様で、横目でその先を見ると、砂に指で書いたらしい文字らしきものが。


 読んでみるとその文字は───【シッコク】


 これはもしかして、刑事ドラマとかに出てくるダイイング・メッセージ??そんなの現実でもあるの??


 あまりに文字がはっきりと見えるので夜空を見上げると、今宵は満月だ。漆黒しっこくの夜空に青白く満月が煌々と輝いていた。


「そう言えば……」


 先日、谷中御猫神社やなかおねこじんじゃでおばあちゃんから聞いた都市伝説「漆黒の白猫しっこくのしろねこ」が脳裏によぎる。


──昔この谷中の辺りを治めた領主さまが、その伝説の猫を手に入れた後、巨万の富を得たものの、欲が出てしまい更なる富を求めた結果、満月の夜に突然悶え苦しみ死んでしまった。


「満月の夜……もしかして、漆黒の白猫に呪われたの……?」


 まさかのまさか!この人は本当に呪いにかかったのではないかと思うと、臆病な私の心臓はパンクしそうになった。 


 ──その時。


 草むらをかき分けこちらに近づいてくる数人の足音。そして懐中電灯の光が数本見えた。


「おい、向こうに人がいるみたいだぞ、ミカちょっと行ってきてくれないか!」


 人影は私の方に向かってくる。私は近づいて来る人影と、私の側にある多分だけど、遺体を交互に見る。 これって……どう見ても私が犯人??


 私の役に立った試しのない灰色の脳細胞は今回もほぼ活躍する機会はなく、私は反射的に一目散に逃げ出してしまった。完全にパニックモードである。


 頭の片隅に微かに残る理性が叫ぶ。


 ──逃げたらダメだよ、怪しい人決定だよ!逃げるのはダメ!


 そのわずかな理性の叫びも虚しく、私は今年一番の自分の中の全力で駆け出した。冷たい夜風を切るようにスカートが揺れた。


 逃げるならとことん逃げようと、腹を括る。こう見えても犬猫探偵で鍛えた足には自信がある。


 ──私を捕まえてごらんなさい!


そう言わんばかりに足のギアを変える。


──そう、うん。確かに今日の昼までは自信があったのだ……


「あれ?」


 ふくらはぎに再び激痛が走る。


「イタタタタっ!!」


 追ってきた人影は警察のようで、私は見事に呆気なく情けなく……捕まってしまった。 


「そんなぁ……」


 


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