53話 第三幕 ~惨劇の家~ ①


5月11日 15時24分


 私は女子高生たちの言う通り、稲村ヶ崎いなむらがさき駅の踏切を渡り道なりに少し歩く。すると赤い看板が見えてきた。


 そこを左に曲がり静かな住宅地を進む。暫くすると少しキツめの坂が現れる。私は坂の手前で一旦立ち止まる。


「うーん、確かに少しキツめの坂だよね……」


 気合いを入れるために両頬を軽く叩き、大きく息を吐くと再び歩き始める。


 今日はこの時期らしい爽やかな陽気だったが、坂の途中から次第に木々が生い茂り、徐々に日の光が隠れ薄暗くなっていく。


 まだ所々に木漏れ日があるが、周囲の景色はさらに暗くなる。息を切らしながら坂道を登っていると額に汗が滲むのを感じる。


 薄暗い道のせいか、だんだん気持ちも足も重くなっていく。


「ああ、もうすぐ着くはずだよね、頑張ろう…」


 独り言でテンションを上げつつ歩いていると、二股に分かれる道が見えてきた。


「ふう。あの二股を確か左、もうすぐだよね…」


と私は自分に言い聞かせるように呟いた。


 その時、二股の左から、大きな荷物を肩に担いだ男が歩いて来るのが見えた。少しだけ緊張感が走るが、平静をよそおい何食わぬ顔で歩く。


 男も私の存在に気付いたようだが、素知らぬ風で何か独り言を言いながら歩いて来る。


 私は彼とすれ違いざまに、彼の顔をチラリと見た。彼も私を見ていた。ドキッとした。

 

 気のせいか彼は少しニヤリと笑ったようだが、肩の荷物を左から右に掛け直し・・・・・・・・・、そのまま通り過ぎていく。


 辺りが薄暗く緊張感が上がりっぱなしだったが、彼は私が先程登ってきた坂道を黙々と下っていったのでホッとする。


「なにあの人…ちょっと怖いよ」


 再び自分を奮い立たせて二股を左に進み、万莉の家に続くであろう道を歩いていく。


 周囲は更に木々が覆いかぶさるよう生い茂り、枝が見た事がない方向に曲がりくねり、まるで侵入者を発見して襲いかかるような雰囲気だ。


 風が吹くと密集した枝と枝が擦れて笑い声のように聞こえる。まるでお伽噺に出てくる魔女の森のような異空間に迷い込んでしまった感じだ。


 やがて、今野こんのと表札がついた家の門に到着する。


「──やっと着いた」


 一見オシャレなヨーロッパ調のフェンスに囲まれた昔の洋館と言う感じだが、よく見るとフェンスは所々錆びていて手入れは行き届いていないようだ。


 辺りはシンとして恐ろしいほど静まり返っている。


 この家の雰囲気から、ここが赤いベランダの家かもしれないという期待を持ちつつも、どこか不穏な空気を感じて心がざわついた。


 呼び鈴を押す。少し待つが返事がない。


「ふぅ……」


 軽く息を吐き、もう一度呼び鈴を押そうと人差し指を伸ばす。


──その時。


バタバタバタバタ


「ひゃっ!!」


 大きな鳥が羽ばたく音が聞こえた。咄嗟に首をすくめ身体を丸める。私の心臓がドキドキと大きな音を立てているのが聞こえる。


 左右を見ながら、驚きと恐怖で思わず声を出す。


「ちょっとぉ……もう」


──その時。


「あの……」


「ひゃっ!!!」


 再び心臓が止まりそうになる。声がした方向を恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の可愛らしい少女が立っていた。


 少女も私の声に驚いたようで目を丸くしていたが、すぐに人懐っこい笑顔になる。この子が女子高生達が言っていた万莉のようだ。


「あの……えっと陽奈ひなから聞いて急いで帰ってきたけど、追いついて良かった」


 あの坂道を走って来たのであろうか、万莉は汗を拭きながら笑顔で私を見る。


「──出ませんか?」


 万莉は呼び鈴を指差す。私は今さらながら平静を装い、一度咳払いすると引きつった笑顔を彼女に返す。


「二度押したけど、お留守みたいね……」


「──あれ?おかしいな」


 万莉は私の言葉に軽く首を傾げると、家の方に顔を向ける。


「少しここで待ってて下さいね。妹が今日は調子悪いって学校休んでたので誰か家にいると思うけど……」


 万莉は軽いステップで門をくぐり階段を上がり、家に入っていった。

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