54話 第三幕 ~惨劇の家~ ②
しばらく静寂が続き、私は周囲の空気に圧されるような緊張感を感じた。大きく深呼吸をした後で辺りを見回す。
「——ふぅ」
気持ちを落ち着かせるために、おもむろにスマホを取り出し自撮りモードで、乱れた髪を整える。
「……」
──どれくらい時間が経ったであろうか……
「キャァァァァーー」
──静寂が破られ、突然悲鳴が辺りに響き渡る。
ハッとして家の方を振り向く、
私の中の怖がりの自分が、自身の足を硬直させてここに引き止めようとする。
しかし周りには誰もいない、家の中にいる彼女を助けられるのは私しかいないのだ。自分に言い聞かせ、震えて硬直した足を両手で何度か叩く。
「よ、よし!行かないと!!」
私はサビついた門を開けて階段を上がり、モダンな彫刻が施された玄関を開けて中に入る。
「??」
元々外も薄暗いのだが、玄関も電気がついていないので非常に暗い。
玄関から先は長い廊下が続いているが、奥も電気がついておらず、まるで洞窟のようだ。
「──何ここ……本当に人の家なの?」
少し先に扉があるようだ。その扉が微かに開いていて電球光の明かりが漏れている。
電球は今にも消えそうに点滅しており、パチパチと音がする。そのためかその部屋からは明らかに尋常でない気が放たれていた。
飛び込んで来たは良いが、この家の異常な空気に圧倒され、私は生唾を飲み込む。
「──万莉ちゃん?」
震える声で万莉を呼んでみる。返事はない。
「万莉ちゃん、大丈夫なの??」
もう一度呼びかけるが、何も返事は返ってこない。辺りを見回すが電気のスイッチは見つからない。
傘立てに傘が一本あったのでいざという時の為に右手に握りしめる。
私は土足のまま、右側の壁を頼りに明かりのある部屋の扉まで用心深く歩く。
乱れる呼吸を整え、ドアノブに手を伸ばして扉をソッと開けてみる。オレンジ色の電球の光が、部屋の中央にスポットライトのようについていた。
ただ、部屋全体を照らすには足りず、中は非常に薄暗く、時々点滅を繰り返している。
床はいやに真っ暗に見える。私は内側のドアノブに左手をかけ恐る恐る中をのぞく。
すぐそこに人のシルエットが見えた。ドキッとしたが、よく見ると万莉が後ろ姿で床にペタンと座っているのが見える。
「──万莉ちゃん」
私は少し安堵のため息をつき、部屋に入ると左手で万莉の肩に手を伸ばそうとする。
「?」
左の手のひらに何か違和感を感じた。
「な、なに?」
手のひらが真っ黒だ。私は自分の手のひらをジッと見つめる。
「ひっ!」
──血がついていた。それも指先ではなく手のひら全体にべっとりとだ。
先ほどまで掴んでいたドアノブを見る。ドアノブだけでなく内側の扉全体にドス黒い液体がかけられていた。
身体が硬直し私は目を見開いた。部屋全体を見渡す。
そこには惨劇の光景が広がっていた。
「あぁぁ!!」
万莉が座っている奥、部屋の中央には大きな血塗れの塊が二つ、小さな塊が一つ。
壁もどこもドス黒い血が飛び散っている。黒い床だと思っていたのは血の海であった。
そして、血に塗れた床に座り込む万莉の姿が私の目の前にあった。
部屋を照らす電球は時々パチパチ音を立てて点滅している。
耐え難い血の臭いが鼻を突き刺す。私の心臓が大きく鼓動してくるのがわかる、呼吸は荒く息苦しく吐き気が襲う。
「なん……なの?!」
それでも、大きく呼吸をして何とか冷静さを保とうと万莉に声をかけようとするが、ほとんど声にならない……。手の震えが止まらない。
「だ、大丈夫?万莉?」
万莉の肩に右手を添える、私の手以上にその肩から震えが伝わってくる。
万莉はショック状態から目を見開き、口元を押さえ、涙を流しながら恐怖に震えていた。
そして。ゆっくりと、ぎこちなく私の方を振り向く。私たちの目と目が合う。点滅する電球光の中で彼女の瞳の瞳孔が驚くほど大きく開いていた。
「あ、あ、あぁ……」
再び驚きと恐怖が混ざったような絶望的な悲鳴が辺りに響いた。
「キャァァァァ!!!」
万莉の悲鳴で抑えていた私の中の何かが飛んだ。
「ああっあぁ!!」
私も完全にパニックになる。
どうすればいいのか、呼吸が更に荒くなり更に息苦しくなる……何が起こったのか。
何も考えられず、ただただその場に立ち尽くすだけしか出来なかった。
言葉にならない叫びが部屋で繰り返された。
そして、私の思考が真っ白になった。──
──意識が消える瞬間、玄関の方から音がして誰かが入ってくる気配を感じた……
—— 第四幕「残された者の運命」へ続く。
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