55話 第四幕 ~残された者の運命~ ①

5月14日 14時03分


 目が覚めると、私は何処かのベッドに横たわっていた。頭がぼんやりと重く、目の前がぼやけて見える。


 白い天井に、じわじわと焦点を合わせるまでには時間がかかった。体はまるで重い鉛を纏ったようで、指先一つ動かすのさえ一苦労だった。


 部屋には消毒液の匂いが充満していて、どこか機械的なビープ音が耳障りだった。心臓が不規則にドクドクと鳴り、その音が異様に大きく感じられる。


   暫くして私の視界がはっきりとしてきた。心配そうな表情のアニとミカが見守っていた。その傍らには医師がいて、私の様子を見ている。


 彼らの顔を見て、私はようやく自分が病院にいることを理解した。担当の医師が簡単な問診をすると、暫くは安静に……と言い残して部屋を出ていく。


 驚いたことに私は3日ほど目が覚めなかったらしい。


 現場でパニックになりながらも、どうやら私は何とか警察とアニに連絡を入れていたみたいだ。アニは安堵の表情を浮かべて、ベッドの横の椅子に座る。


「連絡が入った時は何を言ってるかわからなくてね、病院でも全然目も覚めないし凄く心配したけど、まずは良かった。気分はどう?」


 私は無言で頷いてみせる。


 ミカは腕を組みながら仁王立ちで例のキレのある笑顔を見せる。 


「おはよう、眠れるお姫さま。アンタは探偵のようだけど、どうやら自身が事件に巻き込まれる才能があるようだね」


 私は力なくそちらへ目を向ける。


「まぁ、また大変な事に巻き込まれたもんだよね。私の仲間が今あの家の現場検証をしてるけど。斧のような物でさ、酷いもんさ」


 悪気はないのだろうが、デリカシーと言う言葉がミカの辞書にはないのであろう。彼女は眉一つ動かさずに現場の話を続ける。


「まぁ、さすがにあの現場を見たらウチのヒヨッコもトラウマになるだろうね、同情するよ。まぁ、後ほど聞きたいことは沢山あるから覚悟しておくんだね」


 私は突然、万莉まりの事を思い出す。彼女の悲鳴と表情が再び脳裏によみがえり、身体が震え出す。


「ま……万莉ちゃんは?大丈夫?」


 ミカは万莉の病室と思われる方向を見て答えた。


「あの家の娘、万莉だったかね、彼女は別室で寝ているよ。親戚が来て看病しているけどね。警察が発見した時は半狂乱で大変だったみたいだけど、そのあと鎮静剤でね、まだ目覚めないようだよ」


 そして、現場で亡くなっていたのは万莉の両親と妹だということを知らされる。万莉はこの事件で家族全員を失ってしまったのだ。


「本当に酷いもんだよ、残された身のこと考えると」


 ミカは仁王立ちのまま腕を組み、首を少し傾ける。


「しかし何故か、こんな美味しい事件にテレビや週刊誌のヤツらが何も食い付いていないのは気になるけどね。親戚や万莉にとっては良いことだと思うね」


 ミカは私の方を向きキレ味を増した笑顔を見せる。


「まぁ、あんなことがあった後だからね、まずはゆっくり休みなよ。私も鬼じゃないからさ、聞きたい事はそれからさ、たっぷりね」

 

 本人は優しい笑顔を見せているつもりかもしれないが、修羅場を潜り抜けてきた彼女の笑顔はいつもながらなかなか怖いものがある。


 その時、ミカのスマホが着信を知らせた。彼女は画面をちらっと見た後、私を暫く不思議そうに見つめる。その後、意味ありげにニヤリと笑い外に出て行った。


 アニはミカが出ていくと、やれやれといった仕草を私に向ける。つられて私も苦笑して見せる。


「飲みたいものはある?コーヒーはまださすがに無理だよね、すぐに食事になるとは思うけど」


 アニは椅子から立ち上がってごそごそとポケットを探った。


「何か冷たい飲み物が良いかな、お店も3日間もユッキーに任せっぱなしだし、彼女に連絡がてら下の売店で買って来るよ。ゆっくり休んでて」


 私はベッドの中で頷いた。


 目を瞑る。一人になると、あの悍ましい光景が生々しく浮かび、万莉の悲鳴が耳に響いた──

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