56話 第四幕 ~残された者の運命~ ②
アニは椅子から立ち上がってごそごそとポケットを探った。
「何か冷たい飲み物が良いかな、お店も3日間もユッキーに任せっぱなしだし、彼女に連絡がてら下の売店で買って来るよ。ゆっくり休んでて」
私はベッドの中で頷いた。
目を瞑る。一人になると、あの悍ましい光景が生々しく浮かび、
再び心臓が波打ち、身体が震え出す。私はその悲鳴を両手で塞ごうとするが無意味だった。大きく何度も深呼吸をする。
こういうのをトラウマと言うのであろうか? ただ自身の事以上に、どうしても万莉が気になった。彼女のあの絶望の表情が頭から離れないのだ。
「万莉ちゃん……」
私は我慢できず、がばりとベッドから起き上がった。部屋は静寂に包まれ、白いカーテンがやさしく揺れていた。窓の外には緑の庭が広がっている。
ふと鏡を見る、ひどい顔だ。顔を洗いタオルで拭いて髪を出来るだけ整える。そして病院支給のパジャマのまま病室から抜け出した。
静かな廊下に私の足音が響き渡る。その時、ナースステーションで看護師に呼び止められた。
「あら、ちょっと!アナタ!!703のルミさん!まだ出歩いたらダメよ、先生からも言われているでしょう?お部屋に戻りなさい!!」
その貫禄ある声に思わず足が止まり、彼女の方に振り向いた。看護師はネームプレートに「イナべ」と書いてある。
「ごめんなさい、多分私と同じに入院したと思うのですが、
看護師は驚いたような顔で首を傾げる。
「あら、あなたは今野さんとはご親戚とかではないですよね?」
「ええ‥」
「あんな事が起こったでしょ、警察の方と関係者以外はあの部屋には入れないのよ」
私は彼女に懇願した。
「あの日あの場所に……私たちは一緒にいたんです。彼女のあの時の顔が忘れられず……無事を確認したいだけです。どうか、少しだけ会わせてください」
看護師は少し考えてから、仕方ないわね……という顔をした。
「分かりました。でも少しだけよ。私が付き添います。あなたまだ凄く顔色悪いし。それと、万莉さんの状態が悪くなったり先生に怒られたりしたら、すぐに戻ってもらいますからね」
「ありがとうございます!」
私は彼女の案内のもと、万莉の部屋へと向かった。廊下を進む足音が再び響き渡り、入院棟の深い静寂を感じさせた。
万莉の病室の前で息を整える、看護師がドアを開ける。
部屋に入ると、ベッドに横たわる万莉の姿が目に飛び込んでくる。側に親戚と思われる中年の男女が座っていた。男性はこちらに気づき、心配そうな顔で杖を突きながら近寄って来た。
「キミは……もしかして万莉と一緒にあの家で事件に巻き込まれた子かな?」
私は黙って頷く。
「キミもこの病院に運ばれたんだね……万莉もそうだけど、大変な思いをしたよね?可哀想に。もう歩いて大丈夫なのかい?」
男性は万莉の母親の従兄弟で
「本当に、こんなことになってしまって、万莉はこれからどうすればいいの……」
女性は涙を流しながらつぶやいた。彼女は貴之の妻で
私はベッドに横たわる万莉を見る。彼女は静かに眠っていたが、表情は苦しみ泣いているように見えた。
私は、母が行方不明になったあの日から、ずっと続く自分の苦しみを思う。
もしかしたら行方不明になったのは私のせいではないか?と思う時も時々あるのだ。これから想像を絶する苦しみに直面するであろう、万莉の姿に自分を重ね、胸がつまる。
私は松本貴之に尋ねた。
「私にできることはありませんか?万莉ちゃんのために、何か手伝えることがあれば教えてください」
松本は万莉の姿に眼をやったあと、こちらに振り向き感謝の言葉を述べた。
「あなたもまだ顔色も悪いし大変だと言うのに……ただ、万莉もこんな状態だし、私たちも面会時間ギリギリまでいてあげるくらいしか出来ないから……」
「……そうなんですか」
「万莉が目が覚めたらお願いするかもしれない。キミは優しい人だね、どうもありがとう」
私は万莉のために自分が出来ることを一生懸命考える。
——その時、看護師が私の肩にそっと手をのせた。
「ごめんなさいね。そろそろ退室しましょう」
私はやりきれない気持ちでいっぱいだった。
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