101話 第3幕 秘密が交差する場所にて ④
6月21日 17時35分
私たちは、正気に戻った
「菊池さん……さっきあの場所でキミを放置しなかった私たちに末長く感謝してほしいな……」
私は菊池の後ろ姿にボソッと呟く。
「ん?何か言ったか?同志よ」
「ううん別に。その代わり今日は知ってること全部教えてよね…」
そう、
「いらっしゃい、まっせー♪」
【湘南ベイビー】の扉を開けると、涼やかなドアベルとともにボビーオロゴン似の店員がゆるーく出迎えてくれる。
店内には軽快なボサノバが流れ、サーフボードやヨットなどの南国オブジェが飾られている。先ほどまでの逃走劇がウソのような平和な空間だ。
菊池のお気に入りの奥のボックス席に、女神と泥だらけのオカルトマニアと探偵がドサリと腰をおろす。
「はぁ……」
「ふぅ……」
菊池は誰に遠慮することもなく、ビールを半分ほどグビグビと飲むと、気持ち良さそうに息を吐く。
そして首を右45度に
「同志は何を飲む、またモヒートか?」
この
「あぁ、もう。人を命の危険に晒しといて先に逃げて転んだ人に、同志って呼ばれたくないなぁ。えっと、今日はまだ他に行く場所があるから、コーヒーと……チョコケーキにしようかな。ユッキーは?」
隣に座ったユッキーも頬杖をつきながらメニューを覗き込む。
「うーん、たくさん走ったし菊池クンのビールも興味あるけど……私もルミちゃんのと同じが良いかな。さっき江ノ島でプリン食べたけど半分こだもんね」
ユッキーがメニュー越しに菊池を見て、悪戯っぽくウィンクする。菊池が目を泳がせ挙動不審になるのを見て、ユッキーはケタケタと笑いだす。完全に菊池をオモチャにしているようだ。彼女は意外とSらしい……
──ボビー店員がケーキセットをテーブルに並べ、私とユッキーそして菊池を交互に見つめて、信じられないといった表情で首を振り振り、カウンターに戻っていく。
「だけどルミちゃん。さっきの黒スーツのヤツらって一体何者なのかな? 警察ではないよね」
「うーん、この間の藤沢の事件の時にね、どうもミカさんが何か知ってそうだったけど……よくわからない……」
私はコーヒーカップに口をつけながら、一心不乱にビールとおつまみに取り組んでいる菊池を横目で眺める。
「──菊池クン、ここまで一緒に来といて何だけど、呑気にビールなんて飲んでいて良いの?すぐ近くにヤツらがいるんだよ?」
ユッキーが心配そうに話しかける。それはそうだ。どういうわけか突然追うのをやめて戻って行ったというものの、菊池の命を狙っているヤツらが今も近くにいるのだ。
そんな心配をよそに菊池は、ニヤッと歪んだ口角を上げた。
「ああ、俺も最初は警戒していたが……なんて言うか、どうやらヤツらは俺への興味をなくしたように思う」
「そんな自信満々に……まだそんなことわからないよね?」
「まぁ、なんとなくだが……大丈夫な気がするのだ」
「大丈夫な気がするって……」
「まぁ、命を狙われた身としては確かに不安は残る。今日、同志を呼んだのはそのためでもある!」
菊池は、私に再度人差し指を突き付けて首を傾げた。本当にそのポーズはやめて欲しい。私は目の前の人差し指を払いのけて口を開く。
「じゃ、菊池さん……その同志である私たちに何をして欲しいのかな? 一番良いのは、ここからしばらく離れていることだと本当に思うけど」
「ククク、それはない。キミには引き続き出来ることは協力したいと思う」
「私に協力??」
「そうだ、協力だ。まずは……コレだ!!」
高らかに叫んだ菊池は、ポケットに手を突っ込み真剣にゴソゴソと何かを探している。
「……ちょっと待て、これじゃなくて……ん?どこだ?」
ポケットの中から出てくるガムやらカエルのオモチャやら何かの紙切れだかをテーブルに並べていく。キミは小学生かと突っ込みたい。
「──あぁ、これだ。これからは、これをずっと付けていてくれたまえ」
菊池から渡されたのは、昔懐かしいミサンガみたいなブレスレットだった。
「やだ、菊地クン♩ルミちゃんへのプレゼント?ずっと付けてくれって、どれどれ?」
ユッキーがキャピキャピッと笑って私に肩をぶつけ、そのブレスレットをひょいと取り上げる。
「わぉ、ミサンガだよ。って、かなり時代遅れだけどね……もう……ルミちゃんってばどうするの?」
ニヤニヤしながら私を見て人差し指で突こうとする。菊池は茶化すユッキーに構わず、ボソボソと話を続ける。
「これは、二股辺りの計測器と連動しているんだ。あそこでまた空間の歪みが現れたら、青く光るように出来ている。そうしたらすぐにホットラインで連絡をする」
私はユッキーの人差し指攻撃を何とかかわしながら、ブレスレットを彼女から取り返す。
「このブレスレットが、空間の歪みを瞬時に知らせて、キミのスマホに現場の写真も転送される。便利だろう?」
何それ?そんなことできる人だなんて聞いてないよ!クセはあるけど、実はこの人、けっこう有能なのかもしれない……
「──あ、どうもありがとう」
と私が素直にお礼を言って顔を上げると、
「え?」
彼は再び首を傾げて、人差し指を私の目の前に突き付けていた。私はその指を思いっきり払いのける。
「えー?菊池クン!それなら私も欲しい」
突然おねだりモードになったユッキーに苦笑しながら、私はブレスレットを左手首に巻いてみる。菊池のポケットから出てきたものなので少しばかり抵抗はあったが……意外に綺麗でお洒落な作りになっている。
「これは便利そうだね、本当にありがとう。それで菊池さんの頼みはズバリなんなの?」
菊池は神経質そうに頷くと、メガネをキラリと光らせた。
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