102話 第3幕 秘密が交差する場所にて ⑤


6月21日 17時51分


「これは便利そうだね、本当にありがとう。それで菊池さんの頼みはズバリなんなの?」


 菊池は神経質そうに頷くと、メガネをキラリと光らせた。


「頼みたいことはこうだ……あの黒スーツのヤツらが何者なのか調べて欲しい。そして出来れば、あそこからヤツらを排除して欲しい」


 私はコーヒーカップを口に運び、天井を見上げた。そこにある羽付き照明がゆっくりと周るのを見つめる。


「──それはもちろん、私だってあの黒スーツたちは邪魔だし排除したいよ。あの3人を何とかしないと、万莉ちゃんの家の隠し扉の秘密も探れないからね……でも、どうすれば良いのか……」


「ふぅ、なるほどな。隠し扉か……」


 菊池は早くも二杯目のビールを飲み干し、再び人差し指を私に突き付けて首を傾げるポーズを決める。ちょっとそろそろ、このポーズにキレるかもしれない。


「──同志はてっきり、あの家の殺人事件に巻き込まれて犯人探しをしているのだと思っていたが……実はあの家の秘密を探っていたみたいだな」


 その言葉に、ユッキーが私を見て頷く。


「菊池クン、その言い方……もしかしてについて何か知ってるみたいだね」


 ユッキーはビールのおかわりをボビー店員に頼み、振り向きざま菊池にウインクして見せる。


「あと、ビールに合うおつまみも頼んでおく?」


 さすがはニケの看板アルバイトだ。菊池はデレッと相好を崩し、思い切りユッキーの手の平で転がされ始めた。


 ユッキーは運ばれてきたビールをまぁまぁと手際よくジョッキに注ぎ、菊池は上機嫌でそれを嬉しそうにゴクゴク飲む。


「ウホホッ。同志、キミにはあの殺されたあの家の主……あいつから俺が理不尽に殴られた話はしただろう?」


「あ、万莉まりのお父さんに突然殴られたって言ってたよね?」


「そうだ、今思い出しても腹が立つ!」


「それって、心当たりは本当にないの?」


 彼は再びビールを一気に飲み干すと、力いっぱい首を左右に振る。そこにまたユッキーが、まぁまぁと慣れた手付きでビールを注ぐ。


「それはありえない、俺はただ家の周りをビデオで調査していただけだ」


「それって、殴られる理由にならない?」


「そんなことあるかぁ!」


 彼はジョッキをゴンとテーブル置く。目の周りはすでに赤くなっている。


「えー、だって無断撮影でしょ?」


「調査のためだ、無断で何が悪い!」


 菊池の目は据わり始め、言っていることはめちゃくちゃだ……


「いや、そんなことはどうでも良い!──あいつはな、突然殴ってきた時に妙なことを言ってたんだ」


「妙なこと?どんな?」


「さっき同志が言ってただろう……秘密の何とやらだ!!」


「え?」


 ユッキーがビールを上手に注ぎながらナルホドと頷く。


「ルミちゃん、だから隠し扉だよ」


「そうだ、同志の探している秘密の隠し扉の話だ!」


「えぇ? 万莉ちゃんのお父さんが、隠し扉って言ったの??」


「そうだ!事もあろうかこの俺を、あいつは何度も殴りながら、こう言ったのだ」


 そして菊池は、滑舌の悪さはどこに行った?と突っ込みたくなるほど、店中に響き渡る大声で叫んだ。


『この泥棒め!!お前らには何も教えない、近づくな!出ていけ!隠し扉は俺だけのものだ!!!出ていけぇぇ!!!』


 ユッキーと私は思わず耳を塞ぐ。お店に入ろうとしたカップルが、その声にビックリして出て行ってしまう。出迎えようとしたボビー店員は、カウンター越しに悲しい顔をして首を振っている。


 私は菊池の言葉に2度耳を疑った。


「万莉ちゃんのお父さんが?隠し扉を探していた……」


「ルミちゃんさ。それって、もしかしたら……」


「ん?なに?ユッキー」


「うん、もしかしたらだよ? のかもよ」


「えぇ?そんなことって──」


──いや、そうか、あり得るかもしれない。万莉の家……あれはファミリーが好き好んで住むような状態の家ではなかった。無駄に広く古臭く、近所でも有名なお化け屋敷なのだ。


「だとしたら──万莉ちゃんのお父さんっていうのは、松本貴之と同じタイプの人だったの? そもそもが評判が悪くてビックリしていたんだけど」


「そうかもね……全て推測だけどさ……でもありえるよ。松本貴之は万莉ちゃんのお母さんと従兄弟って話だったでしょ?」


「そうだけど……って、あっ!」


「うん、そう!隠し扉を巡ってそれこそ骨肉の争いがあって、他の家族が犠牲に……ありえる話だよね」


「それが本当なら……万莉ちゃん、可哀想……」


 ふとユッキーはお店の南国風の時計に目をやり、ハッとしたように立ち上がる。


「あっ、ルミちゃん。万莉ちゃんのお見舞いに行かないと!そろそろミカさんとの時間だよ」


 菊池は酔い潰れたのか、テーブルに伏せてスヤスヤと寝てしまっている。


 私は唖然としてそんな彼を見る。本当に何なんだろう?この人は?


 ユッキーはケタケタ笑いながら私を振り返る。


「──さて、凄い話も聞けたし、そろそろここはお開きだね。ミカさんに頼んで菊池クンの警護は任せよう、この子は危なっかしいよ」


 ユッキーはスマホを取り出しさっさとミカに連絡を入れると、私に極上のウインクをして見せた。


「ルミちゃん、行こ!万莉ちゃんが待ってるよ」


 私たちは一路、万莉の入院している鎌倉へ向かった──



──第4幕「2人の想い、私の想い。」へ続く。

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