100話 第3幕 秘密が交差する場所にて ③
6月21日 17時01分
「ヤツらだ……藤沢で俺を誘拐しようとしたヤツら……」
菊池が前を見つめたまま苦々しく呟く。黒いスーツの3人組──
あの日の藤沢で、本来の計画ではミカと私とで菊池を保護するはずだった。
しかし、ミカがその黒スーツたちに足止めされた結果、私は単身で行動するはめになり、菊池とともにあのビル火災に巻き込まれたのだ。
「えっ、彼らがなんでここに??」
「俺が聞きたいくらいだ……もちろんこんなことには屈しないのだが」
私はため息をついて左右に首を振る。
「ルミちゃん……まだ腕もこんなだし、これ以上はここにいない方が良いよ」
ユッキーが後ろから心配そうに声をかける。そうだ、彼女の言う通りだ。菊池は藤沢で散々な目にあっているのに、懲りてないのかもしれない。
あの日の事実改変がなければ、今頃はもしかしたらヤツらに消されていたかもしれないというのに……
──その時。
「!!」
何か嫌な気配を感じた。今の気配は??
突然私の頭にユッキーの手が乗り、さらに身を低くさせられる。
そっと振り向くと、彼女は綺麗な眉をひそめ辺りの様子を伺いながら囁く。
「何か音がしたよ、近くに誰かいる──」
私たちは身を低くし、できる限り気配を消すべく息を殺す。
ガサガサッ
ユッキーは人差し指を唇に当て、臨戦態勢で辺りを警戒している。
誰かが、草むらの中で身を潜める私たちのすぐ近くを歩いている。
でも、黒スーツの2人はまだ、道の先に直立不動で立っているし……
微かに違和感を感じる。あれ……2人??
あれ、ちょっと待って、黒スーツは……確か3人組だった──?!
「!!」
その瞬間、背後に威圧的な気配を感じた。一瞬にして全身が総毛立つ。後ろに誰か……誰かいる??
私は咄嗟にユッキーのいる背後を振り返った。
「ユッキー!!」
目の前に、私たちを捕獲しようと両手を広げた巨漢の黒スーツの、ガラス玉のような目玉が迫っていた。
「ひゃぁぁ!!」
自分の悲鳴が耳をつんざく。ユッキーは瞬時に黒スーツの斜め後ろに回り込み、その膝関節に鮮やかな蹴りを入れる。
不意をつかれた黒スーツは、声も立てず地面に崩れ落ちる。
「ルミちゃん!菊池クン!逃げるよ!」
菊池を振り返ると、すでに我先にと奇声をあげて逃げ出している。ユッキーは私の手を掴んで立たせ、菊池の後について行けとばかりに背中を押す。
「ユッキー!!ユッキーは?!」
「大丈夫、ルミちゃん、まずは逃げて!!あっちの2人にも気づかれたみたい!!」
再びユッキーは私の背中を強く押す。そしてワンピースのスカートをひるがえし、立ちあがろうとする黒スーツの首元に再びカミソリのような蹴りを入れる。黒スーツはもんどり打って地面に倒れる。
「早く逃げて!!私も追いつくから!!」
私は頷くと、もうかなり小さくなっている菊池の後ろ姿を追いかける。
──なんてことだ、黒スーツたちがまた現れた。それも赤いベランダの家に!
これではあの家の隠し扉を調べようにも、出来ないじゃない……!!
私は走りながら後ろを振り返る。ユッキーは、残り2人の黒スーツの動きを封じてこちらに走り出したところだ。
「ユッキー!!」
良かった!!
「ルミちゃん!!前見て!」
その瞬間、私は足を取られる。昨日までの雨で湿った地面は、滑りやすく走りづらい。しかも道は、私の苦手な下り坂だ。
「わぁぁっ!やだ!!」
何とか使える右手をブンブン回しながらバランスを取り、再び走り出す。
「もうやだ!何この下り坂!!」
何度も足が滑り、その度に心臓が止まりそうになる。
どうか、こんな所で
「ルミちゃん!!大丈夫?!」
ユッキーが追いついてきた。私の方はすでに息切れし、肺が潰れそうに痛い。
「ハァハァ、今のところは大丈夫……こ、転んだら無理!!」
「あいつら、体が大きいくせに足が速い!!このままだと追いつかれるよ」
「やだやだ、どうしよう?!」
「うん、いざとなったらもう一度、私が足止めするから──」
ユッキーもさすがに顔が辛そうだ。あと少しで住宅街に入る。道の状態も良くなるしそこまで行けば……
──その時。
「あれ? あれって…?」
ユッキーが、私の背中を押しながら前方を指差す。
え??
「あそこ、道の先!」
道の先になにか黒い塊が……
「あれは……!」
黒い塊。それは、奇声をあげて我先にと逃げて行った菊池が、顔から転んで倒れている姿だった。
「菊池さん!ちょっとぉ、大丈夫?!」
彼は意識はあるものの、泥だらけでうずくまり、1人でブツブツと何か呟いている。
これは……デジャブ??どこかで見た記憶が………
そうだ!あの藤沢の大火災の真っ只中、そして海岸に跳ばされた後の菊池がこんなだった。
彼はピンチに陥ると、現実逃避をして自分の殻に閉じこもってしまうのだ。
その時。
「まずい……来た……!!」
後ろから黒スーツたちが近付いてくるヤバい気配を感じる。菊池を助けていたら追いつかれてしまうだろう……!!
「ユッキー、どうしよう?!」
「やだ、ほんとにどうしよう?!」
2人して菊池を立たせようとするが、重くて持ち上がらない。
──置いて行こうか?一瞬その考えが頭をよぎる。
いや、ここで置いて行ってしまえば、先日の藤沢での苦労が水の泡だ。何より菊池は、おそらく捕まればまた命が危ない。
──あぁ、本当にどうすれば??
私は絶望しつつ、黒スーツたちが近付いてくる背後を振り返る。
「あ、あれ?」
そこには思いがけない光景が──
「あれ?どうしたのかな……」
同時に振り向いたユッキーも声を上げた。
私たちの見つめる先──20メートルくらい先だろうか?
そこには、黒スーツたち3人が人形のように気をつけをして立ち尽くし、ジッとこちらを見ていた。まるで一時間前からずっとそこに立っているかのように微動だにせずに。
「ど、どうしたんだろう?」
「さぁ??」
すると次の瞬間、3人の黒スーツは同時にくるりと向きを変え、背中を見せた。そして、まるで何ごともなかったかのように、元来た道を戻って行った。
「え……どういうこと?ちょっと意味がわからない……助かったの?」
「うん、どうやら……助かったみたい」
「何か、意味わからないけど」
「本当だね……でも、良かったよ!ホント大変な目にあったね、ルミちゃん、大丈夫だった?」
「うん、ユッキーのおかげで…ありがとう、無事だよ……」
ユッキーと私は、自分の世界に閉じ籠ってうずくまる菊池の傍らに並んでしゃがみ込み、大きな息を吐いた。
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