41話 第十一幕 ~新たなステージ~ ②
4月16日 15時00分
「ニケ」の時計が15時を伝える音が聞こえた。
ユッキーが、私のためにチョコブラウニーとお代わり用のコーヒーポットを持って来てくれた。
アニの分がないのを見ると、おやつ抜きの刑期が再び延びたのだろう。
「ルミちゃん、本当にお疲れ様!時をかけて事件解決なんてカッコ良いよ♪今日もコーヒーはゴチだからゆっくりしてね」
「ありがとうユッキー、ここに帰って来られて幸せだよ。事件は解決したみたいだけど、私の中では
「もう、本当に真面目なんだから。そのことは警察にバトンタッチしたんだから、良いと思うよ。ルミちゃんは良くやったよ」
そう言うとユッキーはいつもの極上のウインクを私に送ってくれた。ウインクのできない私はお礼に精一杯の笑顔を返す。
まぁ、うん。そうは言ってもモヤモヤは気になる。
さらに中山の死後、知世も行方不明に。
そして、私の母は
アニがお代わりのコーヒーを私のカップに注いでくれてから、少し小声になる。
「気になることがあるのだけど、良いかい?」
「うん、なに?ユッキーが目を光らせているから、チョコブラウニーは今はあげられないよ」
「いやいや、それじゃなくてさ……あの公園の騒動で歴史が変わったって言ったよね?」
「うん。あのテストの時、過去の私が公園に飛び込んで来たし、
「それだよ、それ。興味深い」
「……?」
私はアニの言葉の意味がよくわからず、首を軽くかしげる。彼は過去の報告書のファイルを取り出して開く。
「ルミが以前中山の事務所にタイムリープして侵入した時の報告では、救急車とパトカーが突然出て来て、逃げ場を失い公園に向かったと言っていたんだよな」
「え?そのまま根津の方に逃げたと報告したはずだよ……?」
「それは聞いてない。で、芳雄の友人……吉岡に助けられて、そのお陰で逃げられたとの報告になっている」
「えぇ?私そんなこと……言って?」
「まぁまぁ、細かい事を言えばキリがないが……」
慌てる私をアニが制する。どこから反射しているのか分からないがアニの眼鏡が光っている。
「つまりだ……ルミからみたら、ここは事実改変された世界ってことだ」
何それ?事実改変された世界?私は過去から帰って来ただけだけど……?
アニの見ていた報告書を覗き込むと、彼が今言ったことがしっかり書いてある。
私の記憶にないことが事実になっているってこと?いや、アニの言う通り、私が違う事実の世界に来たってこと?
「──確かに、そうなのかも」
私がゆっくり頷くと、アニもそれに合わせてゆっくり頷く。
「──非常に興味深い。私やユッキーから見たらルミの話の方が違和感があるけど……ルミは他に違和感を感じる所はないのかな?」
アニの言葉を聞いて辺りを見回す。別に変わった所はないようだ。言われないと分からないことが変わっているのであろうか?
そう思った矢先、店に違和感を発見してしまった。私は叫ぶ。
「あ、大時計がない!!」
今まで大時計があった場所には、アンティークではあるが小さな時計がかけられている。
「そうか、大時計があったのか……どんな
「アニ、あと1つ聞いて良い?お店のレジの横にあるアレ……買ったの?」
レジの横には、存在感のある大きな黒猫の置物がお客さんを迎えるようにデンと置かれていた。物心ついた時からこのお店にいた私に、あの置物の記憶はない。
アニは眼鏡を掛け直し、私に聞き返す。
「あれかい?じゃ、レジ横の黒猫ニケちゃんは、ガネーシャか何かだったとか?」
「もう、コマルママのカレーのお店じゃないんだから……そっか、元からあったんだね。わかった……ハイ」
──アニは眼鏡のレンズを拭き始める。
「ルミ、他には何かあるかい?過去で小さな事実を変えたことが原因で、ドミノ倒し的に物事が変わる。前に言ったバタフライ効果の話だよ」
そう言えば、先日入院した際にアニが熱心に何か喋っていたような……
「気象学者エドワード・ローレンツが言った言葉でね、ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?……これ面白そうだろ?」
面白いのかよくわからないが、彼の話が竜巻のように止まらなくなる。
「今日の北京で1匹の蝶が空気をかき混ぜれば、翌月のニューヨークの嵐が一変する……とか、地域によって変わるけどね」
要は、私が過去のあの公園でやったことが原因で事実改変が起こり、各時間軸に波のように干渉し合いそれが今、何か見える形で変化を起こしていると言いたいのだろう。
「更に面白いのがローレンツ・アトラクタでね、まさに8の字と言うか蝶の形をしているのだけど……これは1時間かかるかな……」
「アニ……ちょっとだけ手短にお願い」
「あぁ、悪い悪い。他に気づいたことは?お店の照明とか、店内の配置……元はユッキーはパートのおばさんだったとか?いや、この店の名物お婆さんだったとか?」
ちょっと、アニは何を言っているのだろう?ドヤ顔はいつもだとしても、そんな大声で……私は引き
「それはないよ、ユッキーは永遠の女神で私の憧れの美しい女性だから……」
「そうか……でもそれっておもしろ……」
バーン!
ユッキーが銀のソーサーでアニの頭を叩く音が店内に響き渡った。うん、同情は出来ない……。 私はため息を吐き左右に首を振る。
うずくまるアニ。仁王立ちのユッキー。呆れる私……それはまたアニの刑期が延びた瞬間でもあった。
ユッキーは私に女神のような笑みを見せてから、アニの首元をむんずと掴んで引きずって行った。
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