94話 第2幕 神江島家の一族 ②
6月21日 13時35分
緑豊かな木々に囲まれた神社の舞殿で、伝承会が静かに始まった。夏至の日差しの中、集まった50人ほどの参加者は地元の住民が多く、温かな会話が交わされている。
中央には宮司の
突然、小鼓のリズミカルな音が響き渡り、澄んだ笛の音色と神秘的な
私たちは、事前に配られたパンフレットを手に、この舞いに込められた物語、
物語は現代語訳でこんな感じだ。
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遠い昔、この地域に都が置かれた時の話。
ある村に、
ある日、彼は「
このチカラがあれば村人も今よりも豊かに暮らせるはず。そう思った心優しき庄助は、円を求めて旅に出ました。何年もかけて関東一円を巡り、苦労の末にその猫を見つける事が出来た彼は、とうとう神のチカラを宿しました。
庄助は当初、村人を救うために神なるチカラを使っていましたが、やがて私欲に目覚め、円の力で財宝を手に入れチカラを誇示しました。
しかし、円のチカラには実はもう一つの言い伝えがありました。「人々のために使われるときのみ神のチカラを発揮し、己のために使われるときは、鬼のような呪いを招く」と。
庄助が住む村には
ある夜、庄助の枕元に宇津神が現れ、警告しました。
「もしこのチカラをこれ以上私利私欲のために使い続けるならば、お主は生きながら
しかし、庄助はその警告を無視して、チカラを使い続けました。
その結果、呪いは村を越えて広がり、大規模な天災や戦によって田畑が荒れ、多くの人々は苦しみ、世は地獄と化しました。 宇津神は怒り、円に命じて全ての呪いを庄助に負わせました。彼は人ならぬ者へと変わり果て、この世から姿を消したのです。
庄助は絶望のうちに自ら命を断とうとしましたが、死を得られず、黄泉の狭間を永遠に彷徨う存在となりました。その代わりに、土地の呪いは解け、平和が訪れました。
村の長は2度と過ちを犯すまいと誓い、江ノ島に円の石祠を建て、宇津神から授かった円のチカラを曼荼羅に封じ込めて、子孫に代々に伝えました。
その時の長の末裔は神江島と名乗り、代々曼荼羅を守り、この土地を鎮めていると言い伝えられています。
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龍子たちが舞う神楽は、クライマックスを迎える。舞殿の隅に座っている私は、神楽の舞に浸りつつ、パンフレットに目を落としていた。
「ん?」
私は気になる部分を見つけ、ユッキーに囁いた。
「ユッキー、このパンフレットにさ、宇津神と円に似た伝承が日本の各地で見つかってるって書いてあるね」
「そうなの?それってどこに書いてあるの?」
私はパンフレットを指差して見せる。
「ここだよ。例えばさ、東北には風の神宮の
「それって、ルミちゃんが谷中の御猫神社で聞いた漆黒の白猫伝説みたいなもの?」
「うん……谷中は書いてないけど、そうとしか思えない。それに日本だけじゃなくて、台北の猫空にも似たような伝説があるらしいよ」
「台湾??規模が大きいんだね」
「うんうん。どの話も少しずつ違いはあるけど、神さまが
会場の空気は、神楽のリズムに合わせて、時に穏やかに、時に激しく変わっていった。
ユッキーはパンフレットを受け取り、興味深く眺める。
「これによると……江ノ島は、他の伝承と比べて規模や歴史が大きいみたい。この宇津神の円の話は、他の伝承の中心になってるってことね……」
「確かにこの神楽を見てると、この場所から伝承が広がっているって感じるよ」
ユッキーは私の表情を読んだのか、顔を寄せて囁く。
「で、宇津神のしもべ円ってさ、もしかして漆黒の白猫……?」
ユッキーの言葉に私は大きく頷いた。
「うん、私もそれに気づいたの。近くの御猫祠を見た時から関係ありそうと思ってたけど……この神楽と伝承を調べたら、もしかしたら母の行方や漆黒の白猫の謎を解く鍵が見つかるかもしれないって……」
2人の巫女の舞い手たちが一つの美しい動作で舞を終えると、会場は一瞬の静寂に包まれた。
その静けさの中で私は、自分が今目撃しているものの意味を深く感じ取っていた。やはり、あの猫の祠とこの神江島神社は、谷中の漆黒の白猫伝説と繋がっている。
その「宇津神のしもべ・円」という猫のチカラが宿ると言われる青い曼荼羅に私はとても興味が湧き、胸が高鳴るのを感じた。
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