95話 第2幕 神江島家の一族 ③

6月21日 14時17分


 舞殿での華麗な神楽の演目が全て終了する。


 次は「宇津神うつのかみのしもべ・えん」の力が宿ると言われる、青い曼荼羅まんだらの拝観だ。


 私たちは舞殿の前に設置された椅子に座った。ユッキーが、買ってきたお茶のペットボトルの蓋を開け、私に渡してくれる。


「ルミちゃん。この曼荼羅さ、国宝級の価値があるんだってよ、凄いよね」


「え? 国宝級?」


「うん、こんな少人数で見られるなんて贅沢だよね」


「凄いね、何て贅沢なの♩ ユッキーはやっぱり幸運の女神だよ。私の探しているものを引き寄せてくれたよ」


 しばらくすると辺りに笛の音が響き、神職が参道を清めると、龍子が曼荼羅を持って現れた。彼女は神棚に曼荼羅を納め、儀式が始まる。


「あれが、青い曼荼羅……結構大きいんだね」


 参拝者たちは心を込めて、神聖な青い曼荼羅を拝観する。それはいにしえの時代から受け継がれてきた神事のおごそかで神々しい光景であった。


 続いて神職の衣装を纏った大柄な男性が、参拝者に深々とお辞儀をする。 龍子よりはかなり若いが、彼女の雰囲気に似ている気がする。


「本日は、伝承会並びに江島御猫曼荼羅の拝観にお越しいただき、誠にありがとうございます。私は当神社の神主を務めさせていただきます、神江島虎之助かみえしまとらのすけと申します」


 ユッキーはお茶を一口飲み、ボソッと呟く。


「虎之助……さっきの宮司さんが龍子りゅうこ。わぉ、運命の龍虎対決……」


 私は口をおさえて吹き出した。


「ちょっとユッキー、面白いこと言わないで」


「何か武士みたいな体型も似てるし、親子かな?」


 虎之助は岩を削ったというような体型で、着ている着物も手伝ってその雰囲気は無骨ぶこつな武士そのものである。


 虎之助は直立不動で真っ直ぐ前を見つめたまま、話を続ける。


「神江島神社の江島御猫曼荼羅えのしまおねこまんだら通称を青い曼荼羅と申しますが、宇津神うつかみより神命をたまわり、神江島家が代々守り続けて参る国の至宝でございます」


「通常は宝物庫にて大切に保管されておりまして、このように宝物庫からお目見えする機会は、数十年に一度のこの拝観の日や、内々の儀に際してのみでございます」


「──当神社に仏教的な曼荼羅がなぜ存在するかなど、この青い曼荼羅には未だ解明されていない秘密が多く含まれています。と伝えられる青い曼荼羅、皆さまも遠慮なく曼荼羅を覗き込んで試して見て下さい。どうか心ゆくまでお楽しみいただければと存じます」


 虎之助は深々とお辞儀をして退場していく。


「よしルミちゃん、前行って近くで見ようよ。早く早く」


 ──私たちは、宇津神のしもべ・円が封じられたという曼荼羅を目の前で堪能する。


 曼荼羅は直径で八十センチくらいの大きさで、陶器のようなもので作られている。


 かなり古いもののようで、一箇所だけ目立つ欠けがあり、それがまた神秘的な風合いを醸し出していた。境内の木々の間から差し込む光が、その周りに幻想的な影を作り出していた。


 ツヤのある表面は深い海のように神秘的な独特の青色で、見る者を引き込む魔力があるように感じる。その不思議な幾何学的な模様は、暫く見つめていると、平衡感覚が無くなるような不思議なものであった。


「──あれ?」


 ふと、私はデジャヴーのような気持ちに襲われた。


 何かこの幾何学模様、どこかで?? その青い曼荼羅を首を傾げてジッと眺める。


 いつだっけ? 昔じゃない、ついさっき……


「あっ!」


 そうだ、これは……夢の中の!!  私は隣にいたユッキーの肩を何回か叩いた。


「──ユッキー!この曼荼羅に似たものが迫ってくる夢をさっきロマンスカーの中で見たよ」


 ユッキーは驚いたように瞬きを繰り返した。


「ん?えっ? 夢の中にこれが出てきたの?」


「うん、そう。最初に満月のように曼荼羅が輝いてね、プルートみたいな猫のシルエットが私を手招きしてるの」


 ユッキーは、それを聞いて再び曼荼羅を見つめ直し、プルートのように可愛く手招きする仕草をする。


「うーん、それって……この曼荼羅に呼ばれたのかもしれないねぇ」


「──うんうん、ここにいるってことは、呼ばれたってことだしね……何か起こるかも」


 私もユッキーの真似をして、曼荼羅に向かって手招きしてみる。その時、曼荼羅に映る自分の姿が、夢で見たプルートと重なったように感じた。


「?!」


 私は目を何度か擦ってみる。


「ユッキー、そう言えばさっき司会の人が言ってたね、この曼荼羅はって……」


「様々な顔ね……ちょっと怖いけど色々な顔も見てみたい気もするね。あっ、ルミちゃんは怒った顔も自由な寝顔も可愛いよ」


 ユッキーの言葉に苦笑しながら、改めてその曼荼羅を見つめる。


 この独特の青色はまるで──谷中やなか中山浩司なかやまこうじを発見した時や、先日の松本貴之まつもとたかゆきが襲いかかって来た時に輝いていた満月のようだ。


 本当にこの曼荼羅の中に円……いや、漆黒の白猫がいるように思えた。


「?」


 ふと青い曼荼羅の幾何学模様が動いた気がして、私は首を傾げながら目を細めた。

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