124話 第9幕 仕組まれた半刻前の悪意 ②

6月25日 15時50分


「悲しいことですねぇ。結局、兄さんが犯人だったと言うことなんですね」


 振り向くと、やはり神江島家かみえしまけの次男・雅治まさはるだった。周囲の人々を意識した、いかにも悲しそうな顔と大仰なジェスチャーで首を振って見せる。


 私はジッと彼の顔を見た。表情は確かに悲しみに満ちていたが、その瞳の奥には、計算高い狡猾こうかつな光が宿っていた。


 私は精一杯クールに言い放つ。


「いえ、まだ何もわかってないですから。証拠もありませんし……」


 雅治は目を見張ってわざとらしく驚いて見せてから、つと目頭を押さえる。


 ──白々しいな、この人これ全部計算してやってるよね…


 私の白けた視線を無視して、彼は周りの野次馬にも聞こえるように声を張り上げる。


「これで火龍かりゅう姉さんも安心してあの世に行けますね。洋介ようすけ兄さんが火龍姉さんを恨んでいたのはみんな知ってますし、それで十分じゃないですか?」


 私の話はスルーということか…雅治は大声で話を続ける。


「まぁ、兄さんは毒のエキスパートでもありますしね、部屋を探せばフグ毒も出てくるのではないですかね」


 その声は嬉々としている。ゲスな男とはこういう人のことを言うのだろう。


 我慢できなくなった私は、雅治を睨みつけて一言言おうと口を開く。


 すると背後からキレのある声がかかった。


「──まぁ……残念だけど、今のところ警察署で事情聴取ってトコだねぇ」


 振り返ると、刑事ミカが近付いてくる所だった。


「それも任意だから、拒否する権利が洋介さんにはあるのさ。本当に残念さ」


 ミカは雅治の目の前で立ち止まり、顔を近づけてニヤリとする。


「ミカさん!」


 私は声をあげるが、ミカはチラリと私を見た後再び雅治に視線を移す。


「──あれくらいで逮捕されるなら、全員逮捕ですよ」


 ミカの瞳にキレが増す。


「あなたもね、雅治さん……」


 突然の言葉に、雅治は目を見開き言葉を荒らげる。


「え?なっ? き!キミは何を!!」


「いやね、あなたも近所のフグ料理屋の常連さんでしたよねぇ。それも、ご自分で釣ったフグをお店へ持ち込んでさばいてもらうなんて優雅な趣味をお持ちのようで……」


「だ、だから何なんだ?!キミは!」


「事実を言ってるだけですよ、それにそのお店で仰ったそうですね──『殺したい奴がいるから捌いた卵巣は俺にくれ』と」


 ミカは野次馬に聞こえるように声を張り上げる。


「あれは……よ、酔った時の冗談だ!そんな理由で逮捕される訳ないだろう。失礼だ!」


 雅治の声は、動揺で上擦っていた。


「け、警察は怖くないからな!何しろ僕のバックには───……いや、と、とにかく弁護士呼ぶからな」


 雅治は取り乱してわめきたてる。彼は人に対して色々と策は練るが、責められるのには弱いようだ。


「──その通りですよ、仰る通り。そんな理由ではあなたも、そして洋介さんも逮捕されません。残念ですがね」


 ミカがニヤリとして雅治の肩を軽く数回叩く。そして、野次馬達を迫力満点のキレのある笑顔で順番に見回してゆく。


 野次馬達は、さぁっと蜘蛛の子を散らすように消えていった。


 雅治は顔を歪ませ、肩に乗せられていたミカの手を振り払うと、小声でブツブツ呟きながら自室に戻って行った。


 ミカは腰に手を当ててその後ろ姿を見送っていたが、やがて今気付いたように私に顔を向ける。


「おや、姫もいたのかい? ふふん、なんて顔しているのやら?腹の立つことでもあったのかい?」


「私?──変な顔していた?」


「今にも噛みつきそうな顔だったよ、上品なお顔が台無しだね」


「あ、え、だってあまりにも酷かったから」


「気持ちはわかるけどねぇ、ああいいった輩は反論すると図に乗るもんだよ」


──私は素直に頷く。


「ミカさん、ありがとう。私一人だったら、多分反論してややこしくしてたかも」


「ああ、そんなことより、疑わしい奴が動いて来たね……面白くなって来たよ」


 ふとミカが私の手に持っているペーパーバックを見て鼻をうごめかす。


「何だいそれは?何か匂いがするねぇ、疑わしいものは没収するよ」


 私はペーパーバックを彼女の鼻先に持っていき、ニヤリとして見せる。


「鬼刑事、捜査令状はありますか?」


「そんなモノはどうとでもなるのさ」


 ミカがペーパーバックを素早い動きで奪おうとするが、間一髪でそれを避ける。


「とりあえず、取り調べ室でじっくりと」


 ミカがキレのある笑みを浮かべて腕を組む。


「言うようになったじゃないか、良い情報でも仕入れたのかい?早いところ姫のチカラを使って貰いたいもんだね」


「あと、少し……そんな感じが私もするよ」


 私たちは、大きな鳥居をくぐり神江島神社へ向かって歩いていく。


──その鳥居の柱の下の陰から、神職の衣装をまとった女性がじっと私たちの後ろ姿を見つめていた。


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