125話 第9幕 仕組まれた半刻前の悪意 ③

6月25日 16時12分


「なるほどね。その情報、美味しいじゃないか」


 刑事ミカと私は、タイムリープした時にどの場所から何を撮れば良いのかを確認するため、大広間にやって来ていた。


 誕生会が開かれた大広間は20畳余り、家族6人で使うにも充分すぎる広さだ。


 ミカは私の手土産のドーナツを、ペーパーバックを器用に使って食べる。軽く小指を立て、親指と人差し指でドーナツをつまむ姿は思いの外、女性らしく可愛らしく見え、私は笑いを堪えていた。


「ただもう一声、何か欲しいねぇ」


 ミカはドーナツを咀嚼そしゃくしながら意味ありげな笑みを浮かべる。


 その時、大広間の外から押し問答するような声と大きな音が聞こえた。私たちは顔を見合せ、大広間の襖を開ける。


 玄関を見ると、洋介ようすけが両脇を捜査員に挟まれ連れて行かれようとしている所だった。


 乙龍おりゅう虎之助とらのすけ雅治まさはるが遠巻きにその様子を見ている。ミカは素早く捜査員に近寄り、状況を訊ねた。


「──どうしたの?!」


 私がミカに問いかけると、彼女は両手を広げ肩をすくめる。


「洋介の部屋を調べたところ、フグの毒が見つかったらしい……これから警察署で本格的に取り調べだよ」


 私が驚いて洋介を見ると、彼は私に気付いて大声で叫ぶ。


「──はかられた、俺は……やってない!探偵さん、俺の部屋に毒が……」


 憂いを帯びた目が必死に訴えかけていた。私はどうしようもなく、黙ってその姿を見送るしかなかった。


 洋介が屈強な捜査員に連れて行かれた後、押収したらしい黒い小瓶や本の入ったダンボール箱を持った警官が続く。


「──予想通り、証拠まで出てきてしまいましたね。残念ですが流石にこれはアウトでしょう」


 雅治は沈痛な表情を作って私達に近寄ってきた。


「これでほぼ犯人も決まりですね、刑事さんたちも仕事とは言え、本当にお疲れさまでした。もう会うこともないと思いますが……」


 ミカは軽く息を吐くと、雅治に向き直って片側の口角を上げて見せる。


「──どうも有難うございます。皆さんのご協力のおかげで、どうやら事件の解決に一歩近づいたようです……」


「ち、近づいたも何も、あれを見ればもう事件解決だろう?」


 何をムキになっているのか雅治の声がヒステリックに裏返る。


 乙龍はその様子を黙ってじっと見ていたが、私の視線に気付くとすっと目を逸らした。そして虎之助を促して奥のゲストルームに消えていく。


 私は彼らの後ろ姿を見つめて首を振る。


「──誰も洋介をかばおうとしない。この家族って一体……」


──あれは……誰だって吐き気するだろう──


 洋介の言葉だ。改めて、この家族に対する彼の冷めた目について納得がいく。


──謀られた、俺は……やってない!探偵さん、俺の部屋に毒が!


 ふと、先ほどの洋介の言葉を思い出した。


「……」


──何かモヤっと引っ掛かるものを感じる。


 彼の部屋に毒が……


「俺の部屋に、毒……?」


──母は部屋に隠すものは全部見つけるからね。良いアイディアでしょ?名探偵さん?──


 あの朝霧の中での洋介との会話がふと頭に浮かんだ。


「……!」


 洋介は……見つかって欲しくないものを、果たして自分の部屋に隠すだろうか?


 私は呟いた。


「洋介さんなら……部屋には隠さない」


 ミカの方を振り向くと、彼女は全てを見透かしているかのようにニヤリと笑う。


「ふふん、無心の勘ってやつかい?ドーナツのお代わりを待ってるよ、姫」


 私は大きく頷くと、まずは応接間の奥にある洋介の部屋に向かった。


 彼の部屋は捜索が済んだ後らしく、書籍やノート類などあらかた押収され、本棚はがらんとしていた。


 私はしかめつらしい顔を作り、残っていた警官に近づいて尋ねる。


「……容疑者は、フグの毒を一体どこに隠していたのですか?」


「あなたはミカ刑事の……はい、部屋のベッドの下から出てきたようです。上手く隠せたと思ったようですが、私たちには通じませんよ」


 警官は誇らしげにハハハと笑った。私も彼と一緒にハハハと笑う。


 そしてくるりと回れ右して部屋を出、薄暗い廊下を進み、とある部屋へと向かう。ノックした後、咳払いをして注意深く周りを見回しドアを開ける。


 その部屋──お手洗いに入ると、私は天井をしげしげと見上げた。


──で、どこに隠したと思う?


 あの朝霧の朝の洋介の言葉だ。大事なものは、彼は絶対にここに隠すはずだ。何故かわからないが、私には確信があった。


 便座の蓋の上に注意深くよじ登り、うんと背伸びをして右手を伸ばす。と、天井の板があっけなく外れた。さらに手を伸ばして天井を探る。いくつかの何か固いものに触れる感覚がある──指でその何かを探り引き寄せると、天井から次々にバサッバサッと落ちてきた。


「何これ…?あ──!!」


 それは、フグ毒に関する数冊の書籍と、鍵の掛かった黄色いダイアリー、そして一通の手紙だった。


「──ダイアリー?男性物じゃないよね」


 ダイアリーはしっかりと鍵が掛かっていて、今読むことは出来なさそうだ。とりあえず赤いリュックに入れておく。


 更に手紙を封筒から取り出し、広げてみる。そこにはパソコンで打った文字でこう書かれていた。


──あの件で警察がキミを疑っている。毒物関係の本を処分するなら今しかない。捜査員に見つかる前に手伝う。15:30に鳥居の先で待つ。これを他人に見せるな、特に警察には──


 その余白には洋介らしいボールペンの文字で「雨の神社から戻る、これは誰?」と走り書きしてある。


「──ふぅ」


 私はしばらくお手洗いの中に立ち尽くして考える。


──洋介はこの手紙を読んで信じてしまったのか、毒関係の書籍などを整理しようと外に出たところで、運悪く……いや多分、待ち構えていた捜査員に見つかってしまったようだ。


 私はその手紙もリュックにしまい込み、代わりにアンティークな二眼カメラを取り出す。


 大きく深呼吸をし、決意を込めて目を閉じる。


「──ミカさんの言う、必殺技の時間には少し早いけど……」


 ついに温存してきたタイムリープを使う時が来たようだ。幸い、お手洗いはタイムリープにも最適の場所。


 洋介の部屋に毒を置いたのは、一体誰なのか?


 私は、1時間前の15時20分頃を思い浮かべ、目を開くとカメラを持ち上げる。


「──真実を、見極める!」


と小声で叫び、二眼カメラのファインダーを覗くと、青白く過去の光景が浮かび上がる。心臓がドキドキ鳴るのを感じながら特別なシャッターを切り、


「──お願い!」


と再び叫ぶ。すると、カメラから放たれた不思議な光が風の様に吹き荒れながら私を包み込み、タイムリープが始まった。

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