126話 第9幕 仕組まれた半刻前の悪意 ④

6月25日 15時15分 (元の時間軸から約ー1時間)


 タイムリープの眩い光がゆっくりと消えていき、目を開けると、私は先ほどと同じお手洗いの中にいた。


 私は扉を静かに開け、廊下の様子を確認する。薄暗い廊下の、ちょうどここから対角線上に捜査員が一人立っている。洋介ようすけの部屋のすぐそばだ。


 ドアを閉め、スマホで時間を確認する。時刻は15時15分。狙い通り、元の時間の約1時間前へタイムリープできたようだ。


 よいしょと便座の蓋によじ登り、天井裏を再び確認すると、書籍や手紙がそのまま置かれている。洋介がすでに隠した後なのだと考えれば当分、彼がここに来ることはまずないだろう。


 私はお手洗いの扉を僅かに開け、洋介の部屋を監視し始めた。



▶15時23分


 洋介の部屋の前に立っていた捜査員が、誰かに話しかけられて受け答えをしているようだ。あの手紙の主が捜査員をどこかに誘導しているのか?だが、この位置からは死角になっていて見えない。


 やがて捜査員はその場を離れ、どこかへ消えていった。



▶15時25分


 洋介の部屋の扉が開き、部屋の主が顔を出した。


「洋介さん……」


 彼は何かを警戒するように辺りを注意深く見回しながら、大きな紙袋──毒について書かれた除籍などが入っているのだろう──を手に玄関の方へと静かに歩いていった。



▶15時28分


 お手洗いの扉の反対側から、微かに別の足音が聞こえてきた。


──この足音が、犯人かも……!


 私は慌てながらも音を立てないように扉を閉めカギをかけようとする。


「え?ちょっと!閉まらない??」

 

 なんとカギが壊れている。冷や汗が吹き出すが、とにかく冷静にと息を殺してじっと耳をすます。


 足音はやがて扉の前を通り過ぎていった。ほっとしたのもつかの間、突然音が消える。


 立ち止まっているのだろうか? もしかしたら私の気配を感じて、警戒しているのかもしれない──その後数秒、時間が止まったかのような静寂。


 足音の主が、扉を開けて入ろうとして来たら?そう思うと全身が心臓になったようにドクドクと音をたてる。扉の取手を掴んだ自身の指が汗ばんでくる。


 再び足音が聞こえ始め、やがて洋介の部屋の前で止まった。全身で息をついた私は、再び扉をわずかに開け、目を細めて足音の主を確認する。


「!!!」


 薄暗い廊下の先、洋介の部屋の前に立ち、辺りを見回している人影。


 日本人形のような綺麗な黒髪の女性……白いその手に、黒い小瓶を持っているのがはっきりと見えた。


 それは、神江島家かみえしまの長女──


乙龍おりゅうさん──!!」


 ──私は動揺を必死に飲み込み、消音機能を備えたカメラアプリで、彼女の姿を素早く撮影する。


 乙龍は素早く洋介の部屋に入り、すぐに出て来るとそのまま玄関の方へ向かい、ドアを開けて出ていった。


 やがて──外で彼女が甲高い声を上げるのが聞こえた。


「捜査員さん!そこに怪しげな男が!!捕まえてください!!」


 多くの捜査員がバタバタと外に駆け出していく足音が聞こえる。


 私はお手洗いの扉を開けて滑り出ると、扉にもたれて深くため息をつく。


 スマホの写真フォルダを確認する。15時31分、乙龍が黒い小瓶を持ち洋介部屋に入る瞬間が写っている。


「乙龍さん……どうして?」


 様々な気持ちや感情が胸の中で交錯するのを振り払い、顔を上げて呟く。


「ミカさん、とりあえずドーナツのお代わり、持って帰るね……」


 私は再び、アンティークな二眼カメラを赤いリュックから取り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る