127話 第9幕 仕組まれた半刻前の悪意 ⑤

6月25日 17時43分


 神江島神社かみえしまじんじゃの界隈は騒然としていた。長男の洋介ようすけに続き、長女の乙龍おりゅうまでが捜査員に連れて行かれたのだ。


 虎之助とらのすけは行方不明になり、乙龍は火龍かりゅう殺しを認めたとの噂まですでに流れている。また雅治まさはるが得意げに吹聴してまわっているのだろうか?


 元の時間に帰った私は、一旦釈放される洋介を迎えに行くため、ミカの赤いGTーRで警察署に向かっていた。


 乙龍を乗せた捜査員の車が前を走っている。


「ミカさん……この件についてはどう思うの?乙龍さんが火龍殺しの犯人だと思う?」


 私は助手席から、多くを語らないミカの横顔をそっと窺う。彼女はハンドルを握ったまま暫く沈黙した後、口を開く。


「まだまだわからないね。火龍殺しを偽装しようとした犯人がわかっただけさ。色々動きはあると思っていたけど、見つけやすい場所にフグの毒を置くなんて稚拙ちせつな犯行だと思わないかい?」


「確かに……それに洋介さんも洋介さんだよ、あの手紙をすぐに警察に渡せば良かったのにね」


 そうなのだ、わざわざトイレの天井に隠さなくても素直に警察に渡していたら良かったと思う。


「まぁ、あの王子様も心にやましいことがあるってことさ……今度の件があって、色々話す気になっているだろうよ」


 私は黙って頷いた。車は134号線を右に曲がり稲荷橋いなりばしを通過する。


「目下、私が一番興味あるのは、姫のお土産さ」


 ミカは私がお土産に渡したトキノトのペーパーバックを振ってみせる。


「トキノトが乙龍さんと虎之助とらのすけさんのお店だったっていうことについてね?」


 赤信号で止まった車の前を、自転車に乗った学生が二人渡っていく。


「そう、結局、あの誕生会で使われた食器や食材から、フグ毒は全く検出されなかった……」


 私は黙ってミカの話を聞く。


「しょうがないから、フグ毒で容疑者との関連を調べたは良いが決め手がない」


「結局、どうだったの?」


「洋介は毒には詳しいがルートがない。雅治はフグ屋に入り浸ってはいるが、態度が悪くてお店からは嫌われている」


 雅治のお店での態度は容易に想像がつく。


「そこに、トキノトの事業。毒なしフグ、そして火龍の持っていた骨スプーンだ」


「──でもミカさん、そのフグは毒なしフグなんでしょ?」


「そうさ、今作っているフグには、確かに毒がない」


?」


「そうだ、ない。しかしこの会社は調べてみると、過去に毒なしフグで食中毒事件を起こしているんだよ……」


「フグの食中毒??」


「昨日、火龍の部屋で姫が腰を抜かしていた時、雅治が言ったことを覚えてるかい?」


──崇高な事業?何人も病院送りにしておいて、崇高とは笑わせないでくださいよ──


 火龍の部屋で、虎之助を罵っていた雅治の言葉を思い出す。


「あっ……うん、覚えてるよ」


「さすがは名探偵だね、よく覚えている。ただこの事件の詳細は、メディアにはあまり伝わっていない」


「──揉み消されたってこと?」


 ミカはニヤリと笑い、首を傾げて斜めに私を見る。


「どうだろうね……さぁ、そこで洋介だ。毒なしフグの食中毒。洋介はこの件に関わっている。雅治が虎之助に言っていただろう?」


──洋介兄さんも関わってたみたいだけど、私に愚痴ってましたよ──


「それが、洋介さんのやましいことだって言いたいの?」


「さてね、これから姫が彼に聞いてみるんだね」


 車は藤沢ふじさわの警察署に到着した。乙龍を乗せた捜査員の車が屋内駐車場に入って行く。


 ミカの車が続こうとしたその時、


「あっ……!」


 寸前でシャッターが降り始めた。ミカは危うい所で急ブレーキを踏み、舌打ちをして何度かクラクションを鳴らす。


 が、シャッターは止まらず無情にも目の前でガチャンと閉まった。


「──ふん、同僚として協力はするが、手柄は渡さないってことか……」


 そしてゆっくりと、キレのある笑顔を私に向けた。


「さて、事件も楽しくなってきた。真相究明といこうじゃないか。頼りにしているよ、時をかけるお姫さま──」


 第10幕「謎めいた結末へ」へ続く。

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