69話 第九幕 多次元からの指令 ①

 5 月1 0 日 1 3 時1 1 分  < 元の時間軸から−6日 >


 私はもう一人の容疑者、ヒデ子ママ曰くキモ男の菊池雄一きくちゆういちの写真を改めてじっくり眺めて思わず呟く。


「うわっ、本当になかなかだよ……」


 神崎かんざきについてはそう思わなかったが、なるほどこの人は、どこからどう見ても怪しい風貌だ。


 人を見かけで判断してはいけないが、忘れてはいけないことがある。それは、あの日あの男が、万莉まりの家しかない方角から現れたことだ。それも職務質問級の大荷物を肩に担いで……。


 あの男が、万莉の家族を襲ったのだろうか──?


 ヒデ子ママから貰った情報によれば、菊池はオカルト系動画配信者らしい。しかし、毎日更新している割には再生数は非常に少ないという。


 私は何本か菊池雄一の番組を見てみることにした。


「うーん、内容云々の前に、そもそも滑舌かつぜつ悪すぎでしょこの人……」


 番組の人気がない理由はそれでわかる。が、万莉の家付近での怪奇現象についての番組を見てみると、確かに不思議な現象が映っていた。


 神崎が話していた、不思議な影や万莉の家全体が怪しく光るなどの動画があり、確かにあの辺りは心霊スポットと呼ばれているようだ。


──菊池雄一本人に接触すれば、アリバイを調べると同時に、あの家の事も聞けるかもしれない!


 私はこの考えに取り憑かれた。一瞬、万莉の家の件から手を引けというマユの警告が頭をかすめたが、次の瞬間私は走り出していた。


         

 5月10日 17時17分


 私はヒデ子ママの忠告に従い、海岸線にある湘南のバー【湘南ベイビー】にやってきた。


 その名前にふさわしく、サーフボードやヨットなどがそこここに飾られている解放感あるバーだ。菊池雄一はここの常連だという。


 店内を見回すと、まだ時間が早いのか客はまばらだったが、一番奥の席でビール片手にパソコンを睨みつけている20代半ばの男の姿を見つけた。


──いた‥‥!


 勇気を振り絞って、私は男に近付き話しかけた。


「すみません、菊池雄一さんですよね?」


 彼は神経質そうな顔をパソコンの画面から上げないまま、面倒そうに、


「何だ?」


と聞き返した。写真から想像出来る想定内の無愛想な対応だ。


 私は負けずに精一杯の営業スマイルで言う。


「実は私、あなたの番組のファンなんです。特に、二股の先の家周辺の怪奇現象についての番組が興味深かったです」


 そこで初めて彼は顔を上げて私を見た。そして

首を少し傾げて片頬で笑い、


「そうか、俺の番組を見てくれているんだな。それは賢い選択だ」


 と言って私に人差し指を突き付けた。 心なしかまぶたがヒクヒクと痙攣している。


「俺の話が聞きたくて来たんだろう?まあ座れ」


 そう言うと、彼の正面の席に座るようにジェスチャーで促した。


「あ……じゃ、お言葉に甘え……て?」


 私が座るのを確認する風でもなく彼は、万莉の家周辺の怪奇現象と磁場異常についてペラペラ……もとい、ブツブツと勝手に話し始めた。


 なるほど、動画通り声も小さいし滑舌が悪い。私も飲み物を注文して彼の話に付き合う。


 ボビーオロゴン似の店員が注文のモヒートを持って来ると私をチラリと見て、物好きなヤツだと言わんばかりにテーブルに飲み物を置いていく。


彼はまぶたを痙攣させながら得意顔で私を見つめる。


「あの家の周りは特別なんだ。磁場の異常が至る所にあって、怪奇現象が起こりやすいんだよ。

 鎌倉は他の土地よりもそういう場所は多いが、あの家周辺は特に異常だ」


 菊池は興奮気味に語ったが、注意して聞いていないと、本当にブツブツ言っているようにしか聞こえない。


 が、私は注文したモヒートを飲みながら、喋らせるように彼の言葉に興味津々のていで聞いていた。ふと眼鏡を拭いている時のアニをちょっと連想させるが、菊池の熱量にはそれよりはるかに狂気を感じる。


 ビールジョッキを片手に持ちマシンガンのように喋っていた菊池は、突然ひどく顔をしかめ、以前万莉の家の周りで動画を撮っていた時に、万莉の父親に殴られたことがあると言い出した。


 これは殺意の動機になるかもしれない……私は生唾を飲み込む。


「あの時は本当にひどかったよ。俺はただ、あの辺りの怪奇現象を調査していただけなのに、あいつは突然やってきて、何の理由もなく俺を殴ってきたんだ!」


と、彼は1人で興奮して怒りをぶちまけた。


「畜生、あの時のあの痛みと屈辱は忘れないぞ……あいつは、俺があの家の周辺で何をしているか、一度も話を聞こうとしなかった。奴の悪口は色々聞いてるが、そんな父親が家族をどう守れるというんだ?」


 彼は身振り手振りで息を切らしながらまくし立てた。私もそうだが、彼も少しお酒が回っているようだ。


──コイツがやっぱり犯人かも・・・・


 私が疑いの目でジッと観察していると、菊池も私の心の声が聞こえたかのような顔でマジマジと見つめ始めた。


──え?


 何?……何考えてるの?


 心がざわつき動揺が顔に出てしまう。


 すると菊池はククククと笑い突如、驚くべきことを言い出した。


「そう言えば……キミはこの……だろう?」


「──!!」


 突然の菊池の言葉に私は心臓が止まりそうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る