68話 第八幕 事件前日へ ③
5月10日 12時30分 < 元の時間軸から−6日 >
それはそうだ。赤いベランダの家のことが少しばかり聞けたのは収穫だけど、肝心な
「あぁ、もう。本当に……詰めが甘いよぉ」
両手で頬をペチペチと叩く。
「しっかりしろぉ、ルミ……」
その時、グゥーッと盛大にお腹の虫が鳴る音が響きわたった。
私は赤面し、火照った頬に両手をあててそっと周りを見回す。
「良かった、誰にも聞かれてなくて……」
時刻は12時30分だ。悩んでいてもお腹は減る。ふと見ると、道の先にコンビニがある。
「ちょっとランチして頭を整理しよう……」
私は焼きそばパンとメロンパンにミルクティーを買い、海岸道路に出てそこから近くの稲村ヶ崎公園を訪れた。
「わぁぁ、綺麗。本当に雑誌で見た通りだ……あの山は箱根の二子山?」
ここは夕暮れ時には、鎌倉でナンバー1の夕陽を見ようとたくさんの人が訪れる観光スポットみたいだ。
美しい景色にさっきまでの緊張と後悔が薄まり、私は思い切り背伸びをして深呼吸をする。
運良く辺りに人はおらず、この空間はまるで私のためだけの舞台のようだ。
「あー、気持ちいい♩ 」
ふと見ると、公園の上には階段があり、その先は崖っぷちになっている。私は一瞬身震いする。
「そういえば……一歩間違ってたら、あそこでヒデ子ママ達に
波が打ちつけ水飛沫が舞う岩場の近くに、私はペタンと座りこむ。目を閉じて磯の香りと波の音に身を任せ、心の中から自然に溢れ出てきた歌を口ずさむ。
独りの夜に〜思いを馳せて〜
あの伝説を思い出す〜
時を旅して〜いつも
何度も立ち止まった~
大好きな関西の女性アーティストの曲だ。久しぶりにこの曲を歌うと、モヤモヤや悲しみや自己嫌悪から解き放たれ、心が自由に羽ばたけそうな気がする。
Guide me Pluto, to the unknown world
ここから連れ出して~
胸の奥の迷い背負いながら進め
今は~まだ空は暗いけれど~
心が叫び出す~ 満月青白く
輝く夜に~♪
最後まで歌い終わると、晴れ晴れとした思いで目を開ける。キラキラ輝く水平線と眩しい日射しに視界が優しく包まれる。
「うん、何だか久々に灰色の脳細胞が活性化した気がするなぁ」
私はコンビニの袋を開けながら、先程の神崎との話を頭の中で整理した。
その後、不気味な白服の集団が去り、そして万莉の家族が引っ越して来た。
──ここにはとある事情で、私が小学生の3年か、4年生頃だったかなぁ、その頃に引っ越しして来たから……その前のことは知らないの──
事件の前日にタイムリープした時に万莉から聞いた話だ。
そして、万莉の友人はこう言っていた。
──あー、来年は受験だから進路の事かもよ。どうなんだろうね?──
「引っ越して来たのが小学校3、4年生。来年が受験だから、今が高校2年生として……」
私は焼きそばパンを口にくわえて両手を使い計算する。
「引っ越して来たのが7、8年前……」
──すると、その怪しい集団が施設として使っていたのは、おそらく10年以上前……その後撤退したってことだよね……結局何が目的の集団だったんだろう?
口元についた青のりをハンカチで拭き、ミルクティーを飲みながら空を見上げる。白い雲が流れ、大きな鳥が飛んでいる。
本題の神崎と万莉の家族との関係は、近隣の住人との揉め事もあり、あまり良好とは言えなかった。どころか、万莉の父親は
──神崎さんは、万莉の家をバケモノ屋敷って言ってたけど、確かにあの家は、普通の家族が住むには古すぎるし不気味すぎる……よほどお金に困ってたのかな?
──そんな中でも神崎さんは、万莉の家族の借金を心配してお金を貸したりしていた……悪い人ではないよね、多分……そりゃ口はへの字口だけど。
私はお楽しみに取っておいたメロンパンの袋を開けながら、自分の考えをまとめてみた。
「神埼さんは……うーん、見た目は怖いしヒデ子ママはキモいとか言ってたけど……でもあんな事件を起こす人だとは思えないな。やっぱり彼の犯行当日のアリバイをもう一度調べないとだなぁ」
神崎はこの後、何処かに行方不明になり、明日のアリバイはない。彼がどこに行ったのかを調べたいが、本人に
私はとりあえずメロンパンにかぶりつこうと大きく口を開ける──その瞬間、背後から何かが羽ばたく音が迫ってきた。
「ひゃっ!!」
顔に風を感じたと思った瞬間、手に持っていたメロンパンは忽然と消えていた。
見上げると、一羽のトンビが私の大事なメロンパンをくわえて颯爽と飛び去っていく。
呆然とする私。
「そんなあ……」
今はタイミングが悪いってことなのかも……
消えたメロンパンに未練たっぷりながらも、とりあえず私はもう1人の容疑者、
──第九幕 「
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