67話 第八幕 事件前日へ ②

 神崎かんざきはトラ猫を撫でながら、左手に持った缶コーヒーを口に運ぶ。


 神崎のアリバイを調べるのが本題だが、彼は稲村ヶ崎いなむらがさきの主と言われている。


 マユからは深入りするなと言われているが、彼は過去の万莉まりの家の事もかなり知っているはず。


「あのですね…駅の先にある坂を登って二股を左に曲がった先にある大きな屋敷について教えて欲しいのですが」


 神崎はジロリと私の顔を見た。


「何を聞くのかと思えば……この辺りの歴史のことじゃないのか?

──アレは今はただの民家だな、もの好きな家族が住んでるだけだ」


 神崎は視線を窓の方に向けた。


「よくもまぁ、あんな不気味な家に住めるものだ。君はあの化け物屋敷の話を聞きたいのか?」


 私は赤いベランダの写真を見せようと、カバンの中を探したが見つからない。


「あれ?写真が……」


 神崎は低いしわがれ声で話を続ける。


「あそこは昔、変な白い服を着た奴らが出入りする所でな、ここら辺の住人は気味が悪がって近寄らなかったな。二股の左は行くなとな」


「白い服──?それってもしかして」


「──そうだ、宗教か何かの施設だったのかもな」


 私は写真がないので仕方なく、ぐいと身を乗り出して単刀直入に聞いてみた。


「その建物には赤いベランダがありませんでしたか??」


 神崎は私の勢いに驚いたようだったが、苦笑しながら答えた。


「赤いベランダ?なんだそれは、知らないな。その赤いベランダとやらを君は探しているのか?」


 フム、と神崎は考える素振りを見せる。


「家の中には入った事がないからな、よくわからんな、とにかく今もあの辺りは鎌倉で良くある肝試しスポットだ」


「肝試しスポット‥‥」


 確かに万莉の家の周辺の雰囲気は不気味な異世界、何かが出ても不思議はない。


「君も聞いた事はないかな?落武者が歩いていただの、黒い影が踊っていただの、あの家全体が光っていただの‥‥

 色々噂話はあるが、私に言わせれば、あんな家に越して来た家族が一番の怪談話だ」


 神崎はどうも万莉の家族と深く関わっている様子だったので、思い切って聞いてみる。


「──神崎さんは、今あそこにお住まいのご家族とお知り合いなのですか?」


 神崎は不機嫌そうに答えた。


「……さっき話した不気味な奴らが町を去ってから、あの家は空き家になったもんでな。所有者を見つけて取り壊しをさせようと役所に聞いたんだがな──


 これが使えん役人ばかりで所有者が見つからんと、のらりくらり時間ばかり経ってしまって、気付いたら奴らが越してきたわけだ」


 神崎は再びコーヒーを口に運んだ。ヒゲにコーヒーが付いたのかハンカチを口元に持っていき、拭きながら話す。


「またあの不気味な奴らの仲間が戻って来たかと町内で噂になって、その当時少々揉めた事があってな──

 ただ、あそこの親父も相当な頑固者で、当時のことを根に持っているようだ。家に近づくなの一点張りだった。


 若い娘さんが二人もいると言うのに、あんな化け物屋敷に住まわせおって……私も当時のことを申し訳ないと思ってな、何か金に困っていようだったので、金も貸したが返ってこん。


 あの親父、私だけじゃなくて他にも多くの奴らとトラブルがあったそうだ……さすがの玉子さんもボヤいていたな──」


 神崎は私の方を向くと大きく息を吐いた。


「少し話し過ぎた……玉子さんのことを言えんわ、もう良いだろう?」


 私は更に核心に迫ろうともう一つ質問してみる。が、焦っていたのか単刀直入過ぎた。


「あの……神崎さん、明日は何処かに行かれる用事はありますか?」


 神崎は面倒臭そうに、


「なんだ、キミには関係ないだろう?知らん、話はもう終わりだ」


と言って、寝ていたトラ猫を膝から抱き上げ椅子にそぉっと乗せると、逃げるように部屋を出て行ってしまった。


 残されたトラ猫が目をぱちくりさせながら私を見上げ、「ミャウ」とひと鳴きした。

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