70話 第九幕 多次元からの指令 ②

 菊池きくちは再び人差し指を私に突き付けて首をわずかに傾げる。


 そしてククククと笑ったかと思うと突如、驚くべきことを言い出した。


「そう言えば、キミはこの……だろう?」


「──!!」


 その言葉に私は口に含んでいたモヒートを思いっきり辺りに吹き出す。


「え?なっ?」


 私は動揺し、それを悟られまいと濡れた服をハンカチで拭くのに気をとられたふりをした。


 辺りにラムとミントの香りが漂う。 なんで、菊池がそんなことを??


「え?なに?時間軸??」


「ははは、図星だなぁ!悪いが俺にはお見通しなんだよ」


 彼は、愉快そうに笑い残りのビールを飲み干すと、パソコンの画面をこちらに見せながら声をひそめる。


「キミが来てから、この店がほんの僅かだが二股の先の家と同じ磁場の乱れを検知してるんだ。これがどう言う事だかわかるか?わかるかぁ?」


 菊池は眼鏡をギラリと光らせ、両手を広げていきなり大声で叫んだ。


「キミ自体が超常現象って事なんだよ!!」


 お店のカウンターでメジャーリーグの生中継を見ていたボビー店員が、また始まったと言いたげに振り向き、呆れたポーズをとる。


 菊池はパソコンの画面に表示させた何かの計測表を私に見せて、鼻息荒く笑う。


「ウホホホ、面白いネタが自ら転がり込んできたようだ。ただ安心しろ。何が目的か教えてくれたら協力しよう。こんな面白いことはない」


「え?目的って?え?」


 私はお酒も少しまわりどう対処して良いかわからず、濡れた服をやたら拭き続けながら唖然と彼を見た。


 菊池は狂気じみた笑顔を私に向け、引きった口で話し続けた。


「キミは何者で、どこの時空から来たのだ?あの二股の先の家に興味があるようだが、旧ドイツの回し者か?」


 私はオウム返しに答える。


「旧、ドイツの、回し者?」


 菊池は意外そうな顔をして私を睨む。


「何だ、キミは白ばっくれているのか?あの家は元は国が絡んだ何かしらの研究施設だったようだ。

 その研究の影響か、それともあの家の中に何かが残っているのか?ともかくそのせいであの辺りの時空が……まぁ、空間が歪んでいるんだ」


 次第に菊池のテンションが上がり、そしてグフフフッと笑い出す。


「俺の調査では旧ドイツだと思うんだ、動画でも1本作ってる。キミも勉強しておいて欲しいなぁ。

 凡人や愚かな奴らは都市伝説って言うけど、本当にの極みだよ」


 黙りこくる私に構わず、菊池はギラギラした瞳で1人舞台のクライマックスの如く叫んだ。


「キミの目的は何だ?何でも手伝うぞ、超常現象の究明のためだったら、例え警察に捕まっても、命の危険が迫っても構わない!!

 俺は現代のジェームス・アルバート・ベーコン・Jrになるのだぁぁぁ!!!」


 店の反対側でボビー店員が、面倒臭そうに耳栓を両耳へ突っ込んでいる。


 ──って、何とかベーコンって誰よ?!本当に何なのこの人は?!


 たまらず私は心の中で菊池に突っ込む。


 その時、私の中であることが閃いた。


 ──そうだ!このオカルト好きを利用して……


 私の灰色の脳細胞が久しぶりに動いたようだ。大丈夫だ、まだ私は酔ってない。多分!


 私は狂気に満ちた彼の顔をじっと見る。意を決して大きく息を吸うと、私は彼に低い声で話し始める。

     

「フフフ、私の正体を見抜くとは只者ではないな、菊池雄一。

 一つ頼みたいことがあり、違う多次元から君に会いにキタ」


 口に出すとやっぱり恥ずかしい……やっぱり酔ってるんだろうか?いや、言ってることは間違っていない。平静を装って、菊池に語り続ける。


「今はキミには多くを話せないが、他でもない君にしかできないことだ。それがデキルカナ?」


 菊池は興奮気味にぐいっと顔を近づけて来た。お酒の臭いがプンと漂い、私は少しのけぞって距離を置く。


「やっと真実を話してくれたな。も、もちろんだ!なんでもやる覚悟だ。頼み事とはなんだ?」


 私はマユの真似をして静かな口調を選び答えた。


「二股の先の家に出入りする人を明日、朝の7時から15時までビデオに収めてホシイ。この件に関して、今色々と探るのはやめた方がいいわ。あなたの周りにも迷惑がかかるワヨ」


 菊池は満面の笑みで更に身を乗り出してくる。酒臭さと体臭が漂ってきて、私は更にのけぞりぐっと息を止める。


「わかった、アナタはその時近くにいるのか?ミッションに成功したら、いつも肩にかけている空間変異測定装置・改を。何処で見ているかは言えないと思うが、それがサインだ!」


 私はいかにも意味ありげな風に頷き、息を止めたままおもむろに席を立つ。


「追って連絡を入レル…フフフフ」


 と重々しく言って、菊池に背を向け、ぎこちなく店の出口に歩き出す。


 一歩店の外へ出た瞬間、私は手で顔を覆って今月一番の全速力で駆け出した。


「今の一体誰よ??あぁぁぁぁ、恥ずかしい!!」




 息を切らして稲村ヶ崎いなむらがさきの駅に辿り着くと、駅の横にある踏切が鳴っていて遮断機が降りている。ちょうどベルが鳴り、江ノ電が発車するところだった。


 私は踏切の前で息を整えて、今来た道を振り返る。


「はぁ、はぁ、それにしても情報が濃すぎるよ……」


 江ノ電が踏切を通り過ぎ、走り去って行く。私は小走りで踏切を渡る。


 ふと、駅の改札口に向かって通り過ぎた人影に何気なく目をやって、自身の目を疑った。


「え?」


 思わず立ち止まり、もう一度その人影を眺める。


「……神崎かんざきさん──?」


 事件の当日……つまり明日、行方不明になりアリバイがわからない神崎が、私の目の前に立っていた。

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