4話 第一幕 ~始まりの地、谷中~ ④

3月14日 15時24分 谷中商店街やなかしょうてんがい



「うん、大丈夫みたい……」


 ふくらはぎの痛みも消えたので、私は湿布を貼り直し、スナック薄幸の看板に感謝のお辞儀をして、再び谷中の商店街を歩き出す。


 ポスターはのりこママが全部持って行ってしまったので、歩いている街の住人に聞き込みをしていこうと思った。




──その時、突然何かが私の前を横切った。


「黒猫……?!」


 驚いて立ち止まり、その黒猫の後ろ姿をじっと見つめる。すると猫はおもむろにこちらを振り向いた。




「え?!」




 心臓がドキッと鳴った。その猫の目は左右の色が違う、オッドアイだった。




「えっ?プルート?!」

 



 思わず声が漏れる。その声に、黒猫は一瞬動きを止め、私をじっと見つめた後、素早く走り出した。




「あ、待って!」



 
と叫びながら、私はその猫を追いかける。スカートの裾が追い風にふわりと揺れ、私の動きに合わせて左右に翻る。




 私の足音が商店街の石畳に響き渡る。腓返りをした後なので上手く走れないが、そうも言ってられない!




 黒猫は器用に路地裏や細い道を駆け抜けていく。私は必死に後を追いかける。猫の素早い動きに追いつくのは簡単ではなかった。




「イタタタ、って!待ってよ!」




 道行く商店街の観光客や子供たちが、目を丸くして私の姿を見ている。


 私は息を切らしながらも、猫の姿を見失わないように必死に追いかけ続けた。狭い路地に入ると、猫はさらにスピードを上げる。




「ちょっと…待って…もうダメ……!!イタタタ」




 息が苦しい。ふくらはぎも再びズキズキと痛み出し、どうにかなりそうだ。でも止まるわけにはいかない。走りながら、額に垂れた汗を手で払い、乱れた髪をふっと耳にかける。


「やだ、待って……プルート!」

 


 声が裏返り足元がふらつき、汗が額から流れ落ちる。




 いつの間にか商店街の喧騒が遠ざかり、静かな住宅地に入っていた。しかし、黒猫の動きは止まらない。私も必死に追いかける。




──あぁ、もうダメだ……




 私はついに一歩も進めなくなり、その場にガックリとしゃがみ混んでしまった。息を整え、ふくらはぎを恐々と揉む。




「痛いよぉ……もうやだ」




 私はうなだれて目を閉じた。


 ──その瞬間、少し強めの風が吹いた。すると周りの木々が揺れる音が聞こえた。空気は何処となく澄み渡り、辺りは優しい気に満ちている。




 ふと目を開けて、辺りを見まわす。




「え?ここは?」




 目の前には大きな鳥居が立ち、その先に木々に囲まれた美しい神社が広がっていた。息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。


 黒猫はまるで煙のように消えていた。



 神社の敷地内では、おばあちゃんと孫と思われる二人が遊んでいた。私はゆっくりと彼女らに近づいた。



「すみません、黒猫を追いかけてここまで来ちゃったんですけど……ここは──?」



「黒猫?」




 おばあちゃんは私を見て優しく微笑んだ。




「あらあら、あなた猫に案内されたのかしらね?ここは谷中御猫神社やなかおねこじんじゃって言うのよ」



「御猫神社……?」


 

私は驚いて周囲を見渡した。本殿にはこの辺りの猫が祀られていて、写真や絵はもちろん、人形や手紙まで置いてある。まさに猫のための猫の神社のようだ。


 神社に丁寧にご挨拶する。神の啓示は聞こえないが、とても浄化された気分だ。これは良い流れに違いない……。



 私は側にいるおばあちゃんに黒猫プルートの写真を見せて、何か知っている事はないか聞いてみた。


 彼女は、孫が何処か行かないように気を配りながら興味深げにプルートの写真を見る。



「あらあらあら、綺麗な黒猫ねぇ。うーん。残念だけどここらでは見かけた事はないねぇ」


と申し訳なさそうに言った。あぁ、良い流れだと思ったのに……。


 私が少し気落ちしているのが伝わったのか、おばあちゃんは優しく微笑むと、面白い話を聞かせてあげると、この神社に昔から伝わる不思議な猫にまつわる都市伝説を教えてくれた。


 その伝説によれば、その猫は手に入れた人にとっての守り神になり、望めば巨万の富をもたらすが、満月の夜にその猫の眼を見た人は、神の怒りを買い呪われて様々な災いが降りかかり、最後は惨めに死んでしまうというものだった。


──昔この谷中の辺りを治めた領主さまが、その伝説の猫を手に入れた後、巨万の富を得たものの、欲が出てしまい更なる富を求めた結果、満月の夜に突然悶え苦しみ死んでしまったという話が事実として伝えられているそうだ。


 おばあちゃんは、目の色が変わり、この伝説の語り部のように最後は熱を込めて話す。


「この領主さまが亡くなった後に、その猫は忽然と消えてしまったようでね……この猫の事を誰が呼び始めたかは知らないけれど、【漆黒の白猫しっこくのしろねこ】って言うようになったって事なのね」


「わぁ【漆黒の白猫】……? 何だか面白い名前ですね、白猫なのに黒いって、由来はあるのですか?」


「さあねぇ。人を呪い殺すような、腹黒い猫とか…… ?昔から伝わる話みたいだしね、よくはわからないねぇ」


 おばあちゃんは笑って答える。伝説自体は良くあるような話ではあるが、猫だけに呪いとかの話は怖いなぁと思う。彼女はお孫さんを抱き寄せながら、私の気持ちを察した様に優しく微笑んだ。


「まぁ、触らぬ神に祟りなしよ、感謝の気持ちを忘れないで、欲をかかない事よね」


 ——彼女の言葉に深く頷く。そうか、これは今日の私への啓示に違いない。私はおばあちゃんにお礼を言うと気持ちをあらためて、浜田夫妻の依頼であるプルート探しを続けることにした。


 しかし、その後何日経ってもプルートが見つからず、プロの犬猫探偵としてちょっと焦っている。 浜田夫妻には胸を張って任せてくださいと言ったのにな……。


 黒猫プルート、一体どこにいるの?


 ──そして4日目の夜、谷中の住人からとある情報が入った。




—— 第二幕「月明かりの公園で」へ続く。



――あとがき――

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