24話 第七幕 ~時空の狭間~ ①

4月01日 13時12分


 翌日、私は連絡がつかない浜田夫妻の家を訪れた。以前来た時には庭に綺麗な蝋梅ろうばいが見られたが、季節はめぐり今やすっかり散り桜である。


 思えばあれから本当に色々あった……タイムリープをしていくつもの時間軸を跳び越えているので当然だが……。


 私はあれこれを思い返しながら浜田邸の呼び鈴を押す。しばらく待つが反応がない。もう一度呼び鈴を押して、呼びかけてみた。


「浜田さん、神楽坂かぐらざかのニケのルミです。いらっしゃいますか?」


 すると玄関に人の気配がしてドアが細く開き、芳雄よしおが顔を覗かせた。


「あぁ、探偵さんでしたか、すみません。少し立て込んでいたもので……」


 芳雄の顔を見て私は驚いた。ひどく憔悴しているみたいだ。以前の仏様のような雰囲気とは似ても似つかぬ様子になっていた。 どうしたのだろう??


「──昨日、プルートちゃんの報告のためにこちらのお宅と奥様の携帯にご連絡したんですが、どちらにも出られなかったもので…心配してお伺いしました」


「あぁ、申し訳ない。昨日も立て込んでいて……とにかく中にお入りください」


 芳雄は恐縮した様子でドアを大きく開けて私を通す。家の中は相変わらずの猫愛にあふれた雰囲気だが、先日とはどこか空気が違う。


 芳雄は猫型の取手が付いたカップにお茶を注ぐと私の正面のソファに座り、ため息をついて顔を手で覆う。 あきらかに様子が変だ。


「芳雄さん……お疲れみたいですね。大丈夫ですか?」


「ええ、最近睡眠不足で……」


「そうなんですか、眠れないのは辛いですよね。何か原因になるストレスでも?」


 私は芳雄の態度に妙に違和感をおぼえ、様子をうかがいながら質問を重ねてみる。


「実は……知世が数日前から家に帰って来てないのです。お恥ずかしい話なのですが……」


 私は芳雄の言葉に驚く。昨日、自宅から電話した時は、知世は電話に出たのだ。では、その時点ですでに行方不明になっていたということか?


「帰って来ていない…?お友達と旅行とか、そういうわけでは?」


「いえ、そんな話は一度もなく……」


 芳雄は、相当参っているようだ。見ていてもひどく痛々しい。


「──最後に出かけた時は、友人と会う約束をしていると言っていたけど」


「そうですか……知世さんに変わった様子はなかったのですか?」 


「ちょっとソワソワしている様子だったけど、約束の時間を気にしているのかな?くらいしか考えてなかったから」


 芳雄は頭を抱え、絞り出すような声で言った。


「──こんな話をして申し訳ない。行方不明の人探しは、犬猫専門探偵の方には専門外ですよね?」


「いえ犬猫が多いだけで、希望があれば人もお探しはするのですが……」


「え、本当ですか」


 芳雄は顔を上げてすがるように私を見た。落ち窪んだ目にわずかに光が宿る。

 

 彼は立ち上がり、飾り棚に置かれた猫型フレーム入りの写真を手に取る。そこには、紋付羽織袴もんつきはおりはかまの芳雄と白無垢しろむく姿の知世が笑顔で写っていた。


「彼女とは3年前に知り合いましてね……不思議な出会いでしたが、すぐ意気投合して一緒になったのです」


「運命の出会いって感じだったのですか?素敵ですね」


 芳雄は私の言葉に、やつれた顔をほころばせて頷く。よほど知世の事を愛しているのだろう。


「私もそうですが、彼女も過去に色々あったらしくてね。これからは2人で幸せになろうって……」


 5年前の知世は、あの中山と恋人関係にあった。スナック薄幸はっこうの向かいの喫茶店で盗み聞きしたお金の話もそうだが、さぞかし色々な苦労があったことだろう。


 その後、運命の人との出会いから3年。2人は幸せの絶頂期にいたはずだ。しかし、そんな折に起きた突然の知世の失踪、そして芳雄の憔悴しょうすいした表情。一体何があったのであろうか?


 ──中山と関係のあった知世さんも真犯人の候補の一人になるかもしれないね……最近も中山と彼女の交流があればの話だけど──


 アニの言葉を思い出し、ふと考える。芳雄は過去に知世から中山の話をされた事はなかったのだろうか?


 私は言葉を選び、慎重に尋ねた。


「知世さんの行方を調べるために、一つお伺いして良いですか?」


 芳雄は目を輝かせ身を乗り出すと大きく頷く。


「そうですか!知世探しを引き受けてくれるのですか?報酬は弾みますので、どうかお願いしたい」


 すがるような芳雄の表情に、私はやや心苦しく思いながらも尋ねる。


「先日、ここの地主である中山浩司なかやまこうじが殺されました。──芳雄さんは彼について何か知っていることはありますか?」


 沈黙が落ちた。暫く自分の掌を見つめた後、芳雄は小さく呟く。


「中山……浩司??」


──すると芳雄の表情が一変した。両目が怒りに燃え、手と唇とがわなわなと震えている。一瞬にして彼の全身が激昂げきこうするのがわかった。


「中山だと!!」


 芳雄は叫び、椅子を蹴って立ち上がった。私も恐怖で息を呑み、弾かれるように立ち上がる。 なんだろう?この豹変ぶりは?!


「お、お前は何を調べているんだ??プルートの話で来たのではなかったのか!!」


 憎しみに燃える目で私を怒鳴り付け、彼は私を家から追い出して鍵を閉めてしまった。


 予想外の展開と突然の出来事に、私は浜田家の前に暫く呆然と立ち尽くした。


 やがて大きく息を吐く。


 辺りを見回すと、近所の人が何事かとドアや窓からこちらを伺っている。私は何でもありませんと言った体で平静を装って歩き出すが、心臓はまだドキドキしている。


『──芳雄さんの豹変ひょうへんは何なんだろう……

 でも、これでわかった。中山と芳雄さんにも何かしらの繋がりがあるということだ──』

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