23話 第六幕 ~タイムパラドックスの予兆~ ④

3月30日 18時47分


 私はミカが持っていた、私が中山不動産事務所に不法侵入した決定的な証拠写真の件を話した。


「うーん。そうか……それは凄く厄介だよな」


 アニは自分で淹れたコーヒーを一口飲むと、椅子にもたれ天井を仰ぐ。


「うん、どうしよう。どうみても中山殺しの容疑者だし少なくとも不法侵入罪だよね」


「──不法侵入罪は確かだよな。それもルミは遺体の第一発見者だし」


 アニは眉間にシワを寄せながら首を振る。


「──今この瞬間にもここに警察が来て逮捕されるかも」


 私はうつむいて両手を握りしめる。アニは私の方を向き直し、人差し指をこめかみに当てて少し考える。


「うーん……」


 更に何かを考えているようだ。


「──ちょっとルミの話を聞いて気になることがある」


「ん?何?」


「ミカはその証拠写真を警察の誰にも見せていないのじゃないかって……」


 アニの話にハッとした。そう言えば、ミカはあの時言っていた。


──安心おし……まだこれは私しか知らないのだから──


「うん。私しか知らない、って言ってた……」


 私の言葉に、そうだろうとアニも頷く。コーヒーをもう一口飲むと、彼は眼鏡をキラリと光らせる。


「ミカって刑事はさ、ここにも何度か来たけどあれは一匹狼みたいだよな。警察の捜査って普通チームで動くものだろう?」


「うん、そう言えばいつも1人で行動してる感じだよね。昔のテレビドラマみたいに」


「そそ、だからさ、理由はわからないが、今すぐ警察が動いてルミを逮捕ってことはないと思う──恐らくミカは、証拠写真をチームにシェアしていない」


 更にドヤ顔でアニは自身の考えを話す。


「ってことは、警察も中山のバーチャル不動産までは調べてはいるが、それ以上捜査の進展はないのかもしれないね……あくまでも想像だけど」


 アニの言葉に私は大きく頷く。今すぐ警察は来ない──その言葉が私に一筋の希望をくれる。ユッキーの淹れてくれたスペシャルコーヒーの香りを少し楽しむ余裕が出てきた。


 私はもう一つ気になることをアニに話した。


「──ミカにタイムリープを知られた件だね、これもさ、一匹狼の特徴からプロファイルすると、もしかしたらこちらに有利に働くかもよ」


「有利に?」


「そう、これは私の勘と言うか何と言うかだけどね、ミカはルミのチカラを見た。恐らく彼女は何かを感じ取っているはずだ……」


 彼は自分の言葉に自身で頷いている。そう展開して欲しいと願っているようだ。


「──ふふん、私の勘だとコイツのチカラは捜査に使えるねぇ……他の仲間に知られないうちに取引といこうじゃないか──」


 何故かミカの口真似を上手に再現して見せてくれる。


取引・・……」


 アニは私の様子を見ると目を閉じて首を振る。


「まぁ、ルミはあまり会いたい人じゃないとは思うけど、この絶対的に不利な状況の中で、念願の警察側の協力者が得られるかもしれない。これは賭けみたいなものだけどね」


「あの刑事か……会いたくないよ」


 しばらく沈黙が続く。


 アニはその場の空気を変えようとしたのかお店の大時計を見る。もうすぐ19時だ。


「それにしても知世さん、どうしたんだろうね?ルミの電話には出たってことだけど」


 そう言うと、アニは知世と芳雄に電話を入れる。呼び出し音を繰り返すだけで2人は出ない。


 彼は、電話を切ると眼鏡を熱心に拭きながら呟いた。


「──中山と関係のあった知世さんも、真犯人の候補の一人になるかもしれないね……最近も中山と彼女の交流があればの話だけど……」


 アニは知世の真犯人説と、中山が漆黒しっこく白猫しろねこ伝説を追っていた理由を得意げに話している。

 

 私はその話を、目を閉じて頷きながら夢うつつで聞いていた。


──その時。


「ニケ」の店内に飾ってある大時計の鐘が鳴りだす。このお店の名物の1つで、いつも通りのイベントだ。


「もう、19時か……」


 何気なく鐘の音を数えていた私は異変に気付く。


「──え?!」


 鐘の音が鳴り止まないのだ。


 様子がおかしいことに気付きハッと目を開くと、目の前の光景が色褪せて壊れた蛍光灯のように点滅している。


 アニを見ると、壊れた動画のように何度も同じ動きをして、話す声は倍速やスローをかけたように聞こえる。


「何?これは」


 辺りを見回すと「ニケ」全体が点滅を繰り返している。視界が回転を始め、平衡感覚がおかしくなり気持ち悪くなる。


 そして鳴り続ける鐘の音が徐々に大きくなり、鼓膜が破れそうになる。私は思わず両耳を押さえてテーブルに顔を埋めてしまった──



「──ルミ?どうした?」


 アニの声が聞こえる。私がゆっくり顔を上げると、彼が心配そうな顔で私を見ている。辺りを見回すと、いつもの「ニケ」である。


「ルミ、何か顔色が悪いけど大丈夫?今日はここまでにしようか」


「──ちょっと……さすがに疲れたのかな?」


 アニは少し安心した顔を見せた後、大きく息を吐きゆっくりと首を振る。


「一人で頑張り過ぎだよ──ちょっと聞いて良いかい?何回タイムリープしてどれくらい向こうに滞在していたのかな?」


 アニは言いたかったことを一つ言うと、止まらなくなってきたようだ。


「マユが言ってたんだろう?使い過ぎるなって。タイムリープは凄く便利なチカラだけど、リスクを知ると諸刃もろはの剣って感じだ。使い所を絞って行かないと……」


 彼の優しい言葉に私は何度も頷いた。何もかもその通りで、返す言葉もない。


 その時、


「アニさん!またルミちゃん泣かしてない?」


 ユッキーが再び仁王立ちでアニに迫る。常連さん達も一斉にアニを睨む。


「えぇ? ちょっと、これ見て泣かせてるように見える?」


 私はアニの困った表情を見て悪いと思いつつ吹き出す。ユッキーがウインクをしながら悪戯っぽい笑顔で私に訊ねる。


「で、ルミ弁護士。彼の求刑に申し立ては?」


「──ユッキー裁判長、彼はとても優しいので無実です。ただし甘いもの控えた方が良いと思うので、おやつ抜き一週間が良いかと」


 アニは再び口を開けて固まった。お店全体に笑いが溢れ、私もユッキーと顔を見合せて笑い合う。


 ──ただ、胸の奥に一抹の不安が残っている。先ほどの不思議な体験は何だったのであろうか?


 私は大時計をじっと見つめる──


── 第七幕「時空の狭間はざま」へ続く。



――あとがき――

ここまで読んでいただきありがとうございます。一言でも物語のコメントをして頂けると嬉しい限りです。また★でのご評価を頂けたら創作のモチベーションも上がり嬉しく思います♪今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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