131話 第10幕 謎めいた結末へ。④

6月25日 21時03分


 私たちはミカのGT-Rで一路、鵠沼海岸くげぬまかいがんから江ノ島えのしま神江島家かみえしまけへ戻った。


 ──どこの場所でどのタイミングにタイムリープをするかがはっきりとわかった。準備を始めよう、真実を見極めるために──


 私は、大広間の間取りと誕生会の火龍かりゅうの写真の撮影時刻を照らし合わせてみた。そして窓の外にまわり、彼女が座っていた場所がよく見える位置を確認する。


 ミカが捜査員たちを遠ざけてくれたので、今は私1人で自由に動ける。


 今回の事件の、一連の出来事が思い出される。


 スマホの壁紙には、谷中神社やなかじんじゃを背景に母が優しく微笑んでいる。目を閉じて母の声を思い出し、自身の声に合わせて呟いてみる。


「このチカラがある限り、私は誰かを助けたい……」


 身体に温かいチカラがみなぎるのがわかる。


 誰かを助けたい……


 私は今、その気持ちでチカラを使っているだろうか?目を閉じたままにしていると、心の中に何人かの顔が次々と思い浮かぶ。


 神江島家の当主であり、母親である龍子りゅうこ。長女の重圧に縛られている乙龍おりゅう。唯一兄妹のことを思う洋介ようすけ。そして無念の死を遂げたであろう火龍。


 私は小さく頷く。


 肩にかけた赤いリュックから、アンティークな二眼カメラと、鵠沼くげぬまのトキノト本社から持って来た発光器を取り出す。


 大きく深呼吸をして意を決する。2日前のこの時間をイメージして私は叫ぶ。


「真実を、見極める!」


 ニ眼カメラのファインダーを覗くと、過去のこの場の風景が青白く浮かび上がる。


「お願い!」


と叫ぶと、不思議な光が吹き荒れながら私を包む。


 私は、火龍の誕生会が開かれた運命の夜へ跳んだ──


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


6月23日 20時27分(元の時間軸からー2日前 誕生会の時間にタイムリープ)



「──改めて乙龍と火龍、お誕生日おめでとう♩」


 グラスを合わせる音、皿とフォークの触れ合うカチャカチャという音、そして賑やかな笑い声が聞こえてくる。


 私は華やかな誕生会の様子を窓から覗いていた。室内ではちょうどお祝いのプリンケーキが運ばれてきた所だ。


 下調べした写真の通り、私から見て正面に火龍、その横に龍子と乙龍が座っていた。


──そうだ、スプーン……!


 火龍の手を見ると、握られているのはまだ銀色のスプーンだ。


 私は慎重に、窓に発光器を取り付ける。軽くて音もなくガラスに吸い付く仕様になっているため、片腕でも簡単に設置する事が出来た。


 洋介に言われた通り、スイッチを注意深くオンにする。確認するが見た目は何も変わらない。


『これでいいのかな?』


──とりあえず、パーティーの様子に集中しよう。


 窓から覗く部屋の中は圧倒的な光景だった。


 家族皆の溢れんばかりのキラキラした笑顔と祝福に満ちている。私が望んでも手の届かない、この温かさ。


「あ、ビデオ動かさないと……」


 私は慌ててスマホで時間を確認し、動画で撮影を始める。


 どこかのタイミングで、銀のスプーンから骨スプーンに変わるはずだ─


 火龍が嬉しそうにプリンケーキを両手で捧げ持ち、虎之助とらのすけが写真を撮っている。


 洋介と雅治まさはるが何やらおどけて見せ、乙龍がそれを見て大笑いをしている。龍子は子供たちを包み込むような微笑みを浮かべてそれを見ている。


 私はそのシーンをじっと見つめ、軽く息を吐いた。


──その時、酔っているらしい火龍が席から立ち上がり、よく響く声で叫んだ。


「お帰り!私の大好きな家族!!」


 その言葉が私の胸のどこかに刺さった。気付くと熱い涙が次々と溢れ出し、頬を濡らしていた。


「あれ?……どうして?」


 その涙を拭おうにも左手は吊っているので使えず、右手は動画撮影をしているので動かせない。


──大好きな家族……それは火龍の、魂の歓喜の声に聞こえた。


 その声が私の根っこを揺さぶり、閉じ込めていた感情を呼び起こす。それが涙に変わってどうしようもなく流れていく。


「やだ、どうしよう…涙が止まらない、どうして?こんな時に……」


──私が涙の処理に困っていると、部屋の中から微かに銀のスプーンが落ちる音がした。


 私はハッとして顔を上げる。それは、明らかに火龍が落としたスプーンの音だ。


「真実を、真実を見極めないと……」


 思い切り顔を振り、幾度も瞬きしながら涙を払い、部屋の中を覗き込む。


 そこでは火龍が、視力検査のようにスプーンを片目に寄せて大笑いしているところであった。


 何度も写真で見たこの表情とポーズ。火龍が幸せの絶頂にいる姿だ。


──!!


 ただ一つだけ違う光景──


 それは、僅かながらスプーンが紫色に発光していることだった。発光器の光が骨スプーンの中にある毒の部分に反射している。


 私はその美しくも禍々しい紫の光に目を見開く。


「毒の!!毒の……スプーンだ……!!」


 私はその光景を食い入るように見つめた。


 ──その時。


「何?!」


 背後に、鋭く冷たい何かの気配を感じた。誰かが来る!!


 悪寒が走り、全身の毛が逆立つ。昨日の火龍の部屋でマユが現れたことを思い出す。


「──でも、マユ……じゃない……!!」


 窓の光に照らされている場所を避けて少しずつ身を屈め、気配の主が何者なのか様子を伺う。


 草を掻き分けて少しずつ近づいてくる何者かの音がする。その人影は、マユよりも大きい。


「──人の気配を感じたのですけどね、気のせいでしょうか?」


 この場にそぐわない、とぼけた感じの声。だが──この声には本能的に危険な気配を感じる。


「また、今日もTHURPのサービス残業……まったく本当に困ったものです」


 声はさらに近付いてくる。私はこれ以上出来ないくらい身を屈め、息を殺す。


 その人影は、何かを探すかのように動き回っていたが、暫くすると違う方に遠ざかっていった。


 頃合いをはかり、私は自分の中の全力で神江島家の屋敷の外へ走り出る。


 気がつくと、ヨットハーバーを見渡す防波堤の前の駐車場まで来ていた。振り向いて誰も追ってきていないのを確認すると、へなへなとその場にしゃがみこむ。


「はぁはぁ……何なんだろう一体……?」


 肺が痛み、心臓から信じられないほどの鼓動を感じる。目を閉じてしばらく息を整える。


 顔を上げるが、目の前に防波堤が立ちはだかっていて海は見えない。私は階段を登った。


 防波堤の上に立つと、一気に視界が開け、パノラマのように夜の海が現れた。


 先端には灯台が光り輝き、腰越こしごえから稲村ヶ崎いなむらがさき逗子ずしさらに三浦みうらの灯が瞬いて見える。風に少し湿気を感じるが、私は深々と大きく息を吸い込む。


 念のため、もう一度怪しい人影はいないか辺りを見回すが、さすがに誰もいないようだ。


 ジョギングの休憩用だろうか?ぽつんとベンチが置かれている。


「──とにかく座ろう……動画を確認しないと」


 防波堤のベンチに腰かけ、ふと空を見上げると、光り輝く星と共に傘をかぶった下弦の青白い月が輝いていた。静かな波の音が聞こえ、心地よい夜風が頬を撫でる。


「月暈が出てる……綺麗だけど目みたいで少し怖いな」


 月は私をジッと観察するように輝いている。ふと、神江島神社の青い曼荼羅まんだらが思い浮かぶ。 


「……あれは、覗いた人の様々な顔が見えると伝えられてるんだよね」


 先ほどの誕生会での神江島の家族たちの顔は、タイムリープ前の時間軸でいがみ合っていた、吐き気がするようなそれとは全く真逆の顔であった。どちらかが本当の顔なのか?


 全力疾走で乱れた髪を指で整えて軽く結わく。


「…ミカさんが言っていたように、月も人も色々な顔を見せるんだ……どちらも本当の顔ってことなのかな……」


 私にも色々な顔があるのだろうか──自分では気づかないだけで、吐き気がするような面も実は他人には見えているのだろうか?


 私はしばらく、静かに輝く月を眺めていた。


「──さて……」


 両頬を軽く叩き、気持ちを入れ替える。私はスマホを取り出し、先ほど撮影した動画のボタンを押す。


「──お帰り!私の大好きな家族!!」


 誕生会のクライマックスでの火龍の叫び声。何故かこの言葉でまた涙が出てくる。


 火龍は洋介や雅治を罵倒しながらも、実は引き継ぎを利用して家の家宝を売却し、金儲けしようと企んでいたのではなかったのか?


 この動画の火龍は、間違いなく家族の祝福に幸せを噛み締めている。


 私のこの涙は、火龍の本心から出る言葉に心が震えているからだと思う。


 ──火龍の本意は……??


 その時、金属のスプーンの落ちる音が私の思考をさえぎった。肝心なシーンだ!


 再び私はスマホの画面を食い入るように見つめる。先ほどは涙のせいで見逃してしまったシーンだ。


 家族が火龍のそばに集まってくる。酔って慌てふためく火龍。洋介と虎之助、そして雅治が大笑いしながら、テーブルの下に潜り、銀のスプーンを探す。


 乙龍と龍子も笑いながら、落ち着いてと火龍の肩に手を乗せる。


「!!」


 ──テーブルの下で素早く銀のスプーンを拾い、何食わぬ顔で代わりに骨スプーンを火龍の前に置いたその人物は……


 筋骨隆々で岩のような体格の持ち主──


 神江島の娘婿、虎之助であった。

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