50話 第ニ幕 ~赤いベランダの家探し~ ② 

「お嬢さん、何かを探しているのかしら?」


 隣席の人の良さそうな初老の女性がニコリと微笑みながら声をかけてきた。


「あら、ごめんなさいね。実は先程もお嬢さんがそのお写真を人に見せて話しているところを見かけてね、お嬢さん、チャーミングじゃない?ちょっと気になっていたのだけれども、私の隣に案内されてくるじゃない?」


「え?あ、どうも」


「物憂げっていうのかしら?声を掛けずにはいられなくなってね、本当にごめんなさいね」


「あ、いえいえ」


「良かった!これもご縁って言うのかしらね、嬉しいわ」


 突然声をかけられて唖然としている私に、女性は目を見開き笑顔でまくし立てる。


 心なしか宗教の勧誘のような雰囲気だが、ただ単にお節介な人なのであろう。私は赤いベランダの写真を女性に見せる。


「実はこの写真に写っているベランダの家を探しているのですが、心当たりはありませんか?」


「どれどれ、お写真お借りするわね、うんうんうん」


 女性は紫の差し色の入ったお洒落なフレームのメガネをかけ、写真を見つめて首を傾げる。


「あらららら、素敵な方と可愛い黒猫ちゃん。左右目の色が違う黒猫ちゃんって初めて見たわ」


「そうなんですか?」


「そうよ、オッドアイって言うのかしら?最近はバイカラーとも言うのよね」


「はぁ、そうみたいですね」


「普通は白猫よねぇ。そう言えばね、隣の極楽寺ごくらくじに住んでいる七瀬さんの所にも可愛い猫ちゃんが住んでいるのね、その子がまた可愛くてね」


「その猫は白猫のオッドアイなんですか?」


「やだやだやだ、七瀬さんの家の子は三毛猫よ、三毛猫!もうね!可愛いの」


「あはは、そうなんですねぇ」


「そこには、他にもワンちゃんとインコの、なんて言ったかしら?面白い名前の子がいてね、これが楽しいの、聞いてくれる?」


 こんなやり取りが延々と続き、私は少しばかり目眩を覚え始める。


「──お待たせしました。本日のお刺身定食です」


 振り返ると、店員さんが定食を持って立っている。

何となく同情的な視線を感じるのは気のせいだろうか?


「お椀が熱くなっていますからね、気をつけてくださいね」


「どうもありがとう♩美味しそう」


 店員さんのおかげで、女性の弾丸トークの流れが途絶えた。私は彼に心を込めてお礼を言った。


 このパワフルな女性は多分ここの常連客で、今日の私みたいに隣の席に座った人に対して延々と話しまくる事を生き甲斐にしているのであろう。


 私はこれ幸いと、強引に話を元の赤いベランダの家に戻し、改めて写真を見せる。女性は、初めてその写真を見たかのように好奇心旺盛そうな目をクリクリとさせる。


「──あららら、素敵な方と赤いベランダね。確かにこの辺りの写真だと思うけど、よくわからないわね。赤い手すりなんてお洒落だし目立つのにね」


「そうですか、皆さんわからないみたいで……」


 私が残念そうな顔をすると、彼女は無邪気な笑みを見せながら、稲村ヶ崎いなむらがさき駅のほうを指差した。


「そうだわ、そうよ!ここに古くから住んでいる神崎かんざきさんならわかるかもしれないわ」


「神崎さん?」


「そうそう、神崎さんよ!お顔が怖いからちょっと取っ付きづらいし、変わり者だけどね、稲村ヶ崎の主なのよ」


「は、はい。そうなんですね」


「あ、そうだわ」


「はい?」


「神崎さんのお宅はすぐそこだから案内してあげるわ」


「え、いいんですか」


「昔からの知り合いなんだけどね、この町の公民館の会合でお世話になっているの、よくお話しするのよ。昨日もお話ししててね、神崎さんってこの辺りのこと本当に良く知ってるのよ、いつもビックリしちゃうのよ」


 その後彼女は、いかにここのお刺身が美味しいか、そして他のオススメメニューとNGメニューなどをマシンガンの如くレクチャーしてくれた。


 私は隣で必死にお刺身を食べながら、ひたすらこくこくと頷いていた。


 女性と一緒にお店を出ると、恐縮する私を気にする様子もなく、女性は私の手を取り稲村ヶ崎駅の方に歩き出した。

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