49話 第ニ幕 ~赤いベランダの家探し~ ① 


5月11日 12時04分


 湘南しょうなんの名物電車、江ノ電の稲村ヶ崎いなむらがさき駅周辺は、風情ある町並みと緑豊かな景観が魅力のスポットである。


 住宅街や小さな商店が並ぶこの地域は、湘南の美しい海岸線と融合し、まるで絵画のような光景を楽しむことができる。


 私は赤いベランダの家を探すため、朝から気合を入れてこの辺りの地元の人と思われる人達に聞き込みをしていた。


 お店の店員や家の庭掃除をする主婦など、かれこれ20人くらいの人に赤いベランダの写真を見せてみたが、今のところ収穫はなかった。


 江ノ電の線路沿いで、犬の散歩をしていた40代前後の女性に写真を見せて聞いてみる。


「赤いベランダの家?見た事ないわねぇ……あるならこの辺りから見えるはずだけどね」


 女性は、江ノ電の線路のすぐ脇の急斜面に点在するモダンな家々を見上げながらそう答えた。私もつられてその山の斜面を見上げる。


「うーん、見たことないですか……」


「この辺りに引っ越してきて5年くらいだけどね、この子を連れてあちこち散歩しているの、ただこのベランダは記憶にはないなぁ」


 私は母と黒猫プルートが写っている写真を改めて見る。そこには色鮮やかな赤い手すりのベランダが写っていた。


「ここから見えないなら、もう少し先の極楽寺ごくらくじの方なのかもしれないわねぇ」


 女性の連れているビーグル犬が、つぶらな瞳で嬉しそうに私を見て尻尾を振っている。私はその子の頭をよしよしと撫でると、女性に深くお辞儀をした。


「そうですか……お散歩中どうもありがとうございます」


 遊び足りなさそうに私を見ている犬に手を振りながら、再び私は歩き出す。


「うーん、この写真で見ると、絶対にこの辺りなんだけどなぁ、まさか建物自体が取り壊されたとか……」


 写真を見る限り、かなり昔に撮られたもののようで、その可能性も十分考えられる。


 私のすぐそばを、2両編成の江ノ電がおもむきのある音を立てて通過して行く。


 スマホがメッセージの着信を知らせる。見ると、アニが早速、稲村ヶ崎周辺の赤いベランダの家らしき情報を集めたものを送ってきてくれていたが、今のところどれもピンと来るものではなかった。


「ん?この辺りでおすすめのランチ&スイーツ? アニは相変わらずマメだなぁ」


 私は苦笑しながらも、嬉々としてお店情報をチェックした。


「えっと、ランチはここ1択!目の前を走る江ノ電を楽しみながらお食事できるお洒落な定食屋さん?」


 そう呟くと絶妙なタイミングでお腹が盛大に鳴る。私は赤面し、周りに聞いている人がいないかそっと見回した。


 見ればすっかり12時を回っている。ここから近いようだし、アニの送ってくれた江ノ電の線路沿いにある定食屋さんでランチを食べる事にする。


 稲村ヶ崎駅から線路沿いに少し歩くと、踏切のすぐ横にその店はあった。


「やった、ホントにお洒落な古民家だ♪」


 お店の中に入ると木の香りが心地よく、小綺麗でホッとするような作りだ。


 ちょうど窓からすぐ側を江ノ電が懐かしい音を立てて走って行くのが見える。


 ここの看板娘なのか、少しふくよかなトラ猫が私の元に挨拶に来た。私はしゃがんでその子の頭を撫で、窓に沿ったカウンター席に案内されて座る。


 メニューを手に取りながら周りのお客さん達を見回すと、お刺身定食を頼んでいる人が多い。


 多分ここのお店の看板料理なのだろう。初見のお店は大勢が頼んでいる料理を頼めば間違いない。


「えっと、今日のお刺身定食でお願いします」


 朝から歩き通しで足がパンパンである。軽く伸びをしてホッとひと息。お茶を一口飲み、赤いベランダの写真をリュックから取り出して眺める。


「赤いベランダの家は本当にこの辺りなのかな?隣駅の極楽寺か七里ヶ浜しちりがはまの辺りも探した方が良いかも……」


私がポツリと呟くと、隣の席から大きく咳払いをする音が聞こえた。

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