74話 第十幕 このチカラがある限り…… ③


「ルミちゃん、お待たせ♩ ユッキー特製のランチだよ」


 ユッキーがスペシャルコーヒーといい匂いのナポリタン、それに注文用のタブレットを持ってやってきた。


 彼女は私のテーブルにナポリタンを優しく置くと、勝手にネットに繋いだと思われるタブレットを私たちに見せる。


「ルミちゃん、さっきここで言ってた菊池のオカルト番組の最新動画を見つけたよ。凄い番組だね。でさ、モザイクかかっているこの女性なんだけど……」


 ユッキーが白魚のような手を優雅に動かして、動画をスタートさせる。


 サムネイルは【多次元空間からの使者、私に指令が届く!】


「え?」


──嫌な予感しかしない。私は動画を見るなり石のように固まってしまった。


「これって、ルミちゃんだよね?」


「え……あっ?」


 あの南国バー「湘南ベイビー」の店内、そして見覚えのある女性が喋っている……モザイクながら一発で私とわかる。


『フフフ、私の正体を見抜くとはただ者ではないな、菊池雄一』


 私は口の中のナポリタンを吹き出した。

なんと言うことだろう、あの日菊池は、私を盗撮していたのだ。それはダメだろう!


『一つ頼みたいことがあり、違う時空から君に会いにキタ』


 ユッキーがケタケタ笑っている。

「ルミちゃん……カッコ良いけどウケる!」


 穴があったら入りたいとはこのことである。ミカが肉球クッキーを美味しそうに食べながら、キレの良い笑顔で私に話しかけた。


「姫はタイムリープしている時って、いつもこんな感じなのかい?勇ましいねぇ」


「ちょ、ちょっとユッキー!」


 恥ずかしさのあまり、ユッキーの持っているタブレットのスイッチを切ろうと指を伸ばす。


 その時、動画のシーンが変わり、引きった菊池のアップの顔が現れる。


「!!」


 何のこの画面?? 私は手を止め、眉を寄せて画面を注視する。


 菊池は何かに怯えているように目をキョロキョロと動かしている。良く見ると、何これ?目の下辺りにアザ……殴られた?怪我をしているの?


 彼は相変わらず悪い滑舌かつぜつで、カメラに向かってボソボソと話し始める。


「愛する同志諸君、今朝まで別の隠れ家で動画を編集していたのが、今、急遽きゅうきょビデオを回している。

時間がなさそうなので結論から言うと──私は命を狙われているようだ……!


 例の二股の家の件だろうか?多次元の使者からの指令を実行したことで、私も追われる身になったのかもしれない。


 ただ、私は恐怖など微塵みじんも感じない!!私は自らの命を守るためにも今、ビデオを撮っている。


 もし、この動画を最後に更新がされなかったらその時は‥…観ていてくれる同志の君たちが私の意志を継いでくれ!以上だ──」


 ここで動画は終わった。更新日は2日前となっている。菊池の動画は人気はないが、毎日公開されていた。ここで途切れているということは──やはり何かがあったのだ。


 動画のコメント欄には珍しく多くのコメントが書かれている。が、『再生数稼ぎのインチキ動画』『なにこの寸劇』『くだらな過ぎ二度と見ない!』のような散々な内容だ。


 最新コメントは『あ、これはヤバいかも』とか『警察は仕事しろ!』とか『え?生きてるよね?』に変わってきている。


 ミカと私は顔を見合わせる。彼女はスプーンを置いて素早くスマホを取り出し、


「この動画がいつどこからアップロードされたのか調べてみる」


 と言うと、身をひるがえし店から出て行った。


 私はもう一度、動画の後半を見返してみた。菊池のいる場所は、どこかのネットカフェの部屋の中のようだ。彼の表情や怯えた声、顔のアザは演技とは思えない。


 彼にあの犯行日の万莉の家を撮るよう頼んだのは私だ。まさかこんな事になるとは。私は責任を感じ不安で胸が苦しくなる。どうしよう……。  


 その時、アニが買い物袋を両手にいっぱい抱えて帰ってきた。彼は買ったものをテーブルに置き、ほくほくした顔で私を見る。


「お、ルミ!ただいま。いや、あのスペシャルドリンクに思いのほか苦戦していてね、新しいトッピングをいろいろ考えてる所なんだけどさ。ルミ、この猫のゴロゴロ焼き乗せどう思う?いや、やっぱり谷中商店街のパクりはまずいかな……


……ってあれ?どうかした?」


「アニ………」


──彼は店長アニから探偵のボスの顔になり私の話に耳を傾けた。


今までの出来事を腕組みをしながら聞き終えると、アニは真っ直ぐ私を見た。


「そうか、ルミよく頑張ったね。凄いよ君は。

 ただね……あの万莉さんの家のことだけど、もし神崎や菊池、そしてマユやミカの言うことが正しいのであれば…あそこがアイツ──ルミのお母さんとプルートが写っている赤いベランダの家であれば……もしかしたら私たちにとって……手に余る場所かもしれないよ」


 私は聞き返した。


「手に余る場所って、何?」


 アニが口を開こうとしたその時、店の扉が勢いよく開かれミカが、どこかから戻ってきた。


 彼女は私に向けてキレのある笑みでニヤリと笑う。


「時をかけるお姫さま、出番だよ!」


──私は彼女の言葉に息を呑んだ。




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