75話 第十幕 このチカラがある限り…… ④


「時をかけるお姫さま、出番だよ!」


──私は彼女の言葉に息を呑んだ。


「さっきの動画がアップロードされた場所は、江ノ電の藤沢駅ふじさわえきの近くにあるネットカフェ、【ムーンネット】だ」


 私は弾かれるように立ち上がる。


「菊池は、2日前の14時30分に3階C3の部屋に入店、その20分後の14時50分に動画を流している。だが、その後の行方は不明だね」


 私は即座にスマホで「ムーンネット」の位置を確認する。ちょうど江ノ電の走る高架の道沿いの商業ビル内だ。


 ミカは本職の凄みを見せつけ、キレのある声で言い放った。


「さぁ、作戦を立てようじゃないか、お姫さま。

 まずは菊池の保護だ。過去に飛んだらまず、その日の私に連絡を入れると良い。大丈夫、過去だろうが未来だろうが、私なら話は通じるはずだからさ。

 その日なら鎌倉の病院にいたからね、20分で藤沢に行ける。私が来るまで動かないこと。あとは、犯行当日に撮ったあの家のビデオだ。あれを菊池が持っていれば良いけど」


 私はミカの迫力に押されながらも躊躇ちゅうちょする。相変わらず私の都合を考えないのはまあ良いが、タイムリープのリスクの事は千駄木せんだぎの公園の一件で流石さすがに知っているはずだ。


「そんな大ざっぱな……それに保護って、菊池の生死を直接左右することに関わったら、それこそ歪みがどうなるか。タイムリープで過去の人を助けると──」


 ミカはキレキレな笑顔を私に向ける。


「それなら、ビデオだけでも持って帰るって言うのはどうだい?菊池は放っておく。そちらの方が簡単そうじゃないか、時をかけるのはお姫さまに任せるよ!もちろん私は、これから菊池の行方を探りに行くけどね」


「───」


 もう、本当にミカはめちゃくちゃだ。私は唇を噛んで考え、髪をかき上げ目を閉じる。


 今現在、菊池の生死はわからない。もし、もう生きてはいなかったら?その状態で過去に行き、菊池を助けてしまったら?死ぬはずだった人の未来を変えてしまうことで、どれだけの歪みが生じるのだろう?


 それでは放って置く?そちらの方が簡単??そんなのって──


 でも、でも、生死不明でどうすれば良い? あぁ、もう堂々巡りだ。


 アニはそんな私を見て一言。


「菊池雄一の生死がわからない今、歪みの生じる行動は避けた方が良いのは確かだよ。ただ、ルミはどうしたい?」


 アニの言葉に俯いてしばらく自問自答してみる。私は本当はどうしたいのか?


「!!」


 ふとテーブルに置いたスマホが目に入る。谷中の御猫神社おねこじんじゃで撮ったと思われる、待ち受けの母の写真が微笑んでいる。初めてタイムリープした日の母の顔と同じだ。アニは私が母にそっくりだと言ってくれた。


 幼く不安でいっぱいだった私。母は私をまっすぐ見つめて笑顔で何かを語りかけていた。とても温かく勇気を貰えた母の言葉。それが今の私の根っこを作っている感じがする。私の中にあの時の母がいつもいるのだ。


───母は優しい顔で口を開く。


『このチカラがある限り……』


 ふと当時の記憶を辿り、母の口の動きをトレースして呟いてみる。


『このチカラがある限り……』


 私の声に母の声が重なる。


『このチカラがある限り……』


 母はそのまま言葉を続ける。


『私は誰かを助けたい……』


──私は頷く。


『そうだ……そう、思い出した』


「──このチカラがある限り、私は誰かを助けたい」


 アニは私の言葉に驚きの表情を見せる。


 私の心の奥の奥に温かく力強く勇気が注がれる。目には涙が溢れ出てくる。


 そうだ!もう歯痒い思いはしたくない。私はまだ生きているかもしれない人を見捨てたくない。助けたい! !


 私はミカとアニを振り向き、決意を込めて頷いた。

 

 そして二眼カメラの入った赤いリュックを掴むと、2日前の藤沢にタイムリープするために、ニケから走り出て行った──



—— 「閑話休題かんわきゅうだい4」へ続く。

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