60話 第六幕 海沿いカフェでの選択 ①
5月16日 14時47分
窓の外ではまだ雨が降り続いている。私は
店内にはオルゴール調のBGMが流れ、窓には可愛らしいサンキャッチャーや女神、天使が飾られている。
華やいだ女の子のグループやカップルが楽しそうにSNS映え写真を撮りあっている。
そんな中、可愛いテーブルに伏せて電話をしているずぶ濡れの私は場違いそのもので、皆、目をそらして近寄ろうとはしない。
「──ルミが凄く頑張っていることはわかってるよ。君のチカラは特別だけど、事実を変えてはいけない」
「うん…」
「こればかりはどうしようもないよ。今回のルミの選択は正しいし、タイムリープする事で得る事もあった。どうか自分を責めないで」
「うん…うん」
アニの言葉が一つ一つ心に染み入っていく。思えば母のことや探偵業の失敗で泣くたびに、こうやってアニに励まされて私は立ち直ってきたのだ。
「自分の力が足りないと思ったら、他の人の力も借りれば良いよ、私もいるしユッキーも、そしてミカも力になる、ルミは良くやったよ──うわっ!」
「ルミちゃん!!一人じゃないよ♪」
アニを押しのけたらしいユッキーの明るい声援も聞こえ、私はようやく微笑む。
「ルミ、まずは出来る事を一緒にやっていこう」
「うん……わかった。少し落ち着いたよ」
「そうか、ホッとした」
「アニ、ユッキーも、いつもありがとう」
「それはお互い様さ」
「ホントに元気出たよ」
アニは電話口で、安心したようにウンウンと頷いているようだ。 アニの声が和らいだのがわかり、心が温まる。
私はアニに聞こえないように、大きく深呼吸をした。気分を切り替えたい時にいつもやっている事だ。
「良かった。で、出来る事と言えば、ちょうどミカから連絡があってね」
「──ミカ?……どんな連絡なの?」
「うん、それがさ、今回の稲村ヶ崎の事件の警察側の情報だよ」
「え、犯人が特定されたとか?」
「いやいや、まだそこまでじゃないけど、容疑者は何人かいるらしい」
「そうなんだ……」
「で、ミカはタイムリープのチカラを使って、現在行方不明になっている何人かの容疑者のアリバイを調べて欲しいと言ってきた」
「アリバイ、またタイムリープで?」
「怪しい奴はいるけど、難航しているようだ。この町で起こった先日の事件は、どうやら警察だけでは解決できなくなってきたと言うことだな」
「──ミカはその状況の中で、また手柄を立てたいってこと?」
「そうだろうなぁ、あいつは一匹狼の不良だしね」
この流れは1ヶ月半前の「ニケ」でのミカとの取引きと言うか約束なのだ。
ミカは警察の捜査の動向を随時こちらに伝え、更に行方不明の私の母探しを手伝う。その代わりにこちらは、ミカからの依頼を受けなければならない。
一応、お互いが対等な取引きと言うやつだ。
「でね、稲村ヶ崎駅のすぐ近くに一人、ミカの情報屋がいるらしい。名前は…ええと、ヒデ。そいつと合流して、容疑者の詳しい情報を聞いてくれとの事だ」
「ミカの情報屋……何か刑事ドラマみたいだね」
「──ルミ、何言ってるんだ。私たちも他からみたらミカの情報屋だよ」
「えぇ、そう…だったの?」
「他にも何人かいるんだろうな……」
「もしかして、私たちみたいに駆け引きして情報屋にさせてるのかな?」
「だろうなぁ……アイツは不良だから。まぁ、ヒデにはミカが話を通してくれるらしいから、詳しくはヒデから聞けって事だ」
アニは電話越しに少し沈黙した後、話を続けた。
「まぁ、でもルミは退院したばかりだし、無理そうならミカには断っておくよ。ルミは出来ることをやれば良い」
アニは、私に二つの選択肢を提示した。
「ルミ、改めて選択肢は2つだ。赤いベランダの家を引き続き探すか、ミカに協力して一家惨殺事件の犯人を捜す手伝いをするか。どちらがいいと思う?」
私は迷わずにきっぱりと答える。
「私はどちらも同時にやり遂げたいと思う。母を探すためにも、事件の被害者のためにも。このチカラがある限り諦められないから」
──しばらくの沈黙の後、アニは電話の向こうで小さく笑ったようだった。
「なに?どうしたの突然笑い始めて……」
「いや、ごめんごめん。──このチカラがある限りか……懐かしい言葉だよ」
私は聞き返す。
「ん?何が懐かしいの?」
アニは答える。
「ルミのお母さんとね、一時期……まぁ、会えなかったけどさ。ほんの少しの間だけど一緒の仕事をしていたことがあってね、その時にメッセージでよく言っていた言葉だよ」
「このチカラがある限り……」
「ルミはそういう所はアイツそっくりだよな……」
電話を切ったあと、スマホの待ち受けにした母の写真をしばらく眺める。母に似ていると言われて嬉しかった。
ふと、何かが記憶の中で湧き上がるのを感じた。心の中でそれに目を凝らしてハッとする。
『このチカラがある限り……』
そうだ、少し思い出した。
初めてのタイムリープをしたあの日。母はあの時、不安でいっぱいだった私の目を真っ直ぐ見てこう言ったのだ。
「このチカラがある限り……」
記憶の中で母と繋がり、心が温かくなるのを感じる。
しかし続きの言葉があったはず。
「続きの言葉……」
──うーん。思い出せない。
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