61話 第六幕 海沿いカフェでの選択 ②


5月16日 15時12分


「えぇ??聞いてないよ!」


 メッセージ着信の知らせが来て、それを読んだ私は思わず声を出した。


 アニが先ほどの話を早速ミカに伝えたらしく、早々にミカから情報屋ヒデと落ち合うための詳細を知らせてきたのだが……


 添付された写真には、明らかに私とは住む世界の違う強面の男が、何が不満なのか凄味をきかせてこちらを睨んでいた。


「えぇ?怖いよ……これがヒデ?……大丈夫なの?中山浩司なかやまこうじみたいな世界の人だよ」


 目を丸くしながらミカのメッセージを読む。


──ヒデは、その昔は警察も手を焼いていた札付きの暴走族のヘッドだったが、今は更生して、堅気の飲食業を仲間と営んでいる。少しクセはあるが、話は通しているので問題はない。 不明な事はお気軽に……健闘を祈る。


ミカ──


「この辺りで有名だった元暴走族のヘッドがミカの情報屋?」


 何度かメッセージを読むと、軽く眩暈を覚えて首を振る。


「クセがあるって、やっぱり怒らせたら中山みたいに鉄パイプとか持って振り回すのかなぁ…」


 先日の千駄木せんだぎの公園にある秘密の通路で、中山浩司に鉄パイプで追い詰められたことを思い出し、鳥肌が立つ。 あれも密かにトラウマになっているのだ。


 元々が情けなくなるほどの臆病な私、さらに退院したばかりだというのに、これは荷が重すぎというものだろう。


「あぁ、その情報屋に会わないで済む方法はないかな……」


 再びテーブルに突っ伏して思案にふける。インスタ映え狙いの華やかな女子たちが遠巻きに私を見てヒソヒソやっているが、そんなのを気にしている場合ではない。


「──あ、そうだ!」


 私は普段働いていない灰色の脳細胞をフル回転させた挙げ句ある計画を思いついた。


 まず、犯行日当日にタイムリープする。そして、万莉まりが登校してから下校する少し前まで限定で彼女の家の近くに潜み、ビデオを撮って家の中に入る犯人を特定するというものだ。


 これなら容疑者のアリバイどころか犯人が誰なのかが分かる。


 過去の私が万莉の家に行く前の事だし、鉢合わせはないだろう……多分。


 何より、情報屋ヒデと絡まないで済む。我ながら良いアイディアではないか……?


 まともに考えると、殺人鬼が近くにいるかもしれない、それも当日すでに同じエリアで調査している私と鉢合わせするリスクは当然低いわけが無い……この案を、さすがに良いアイディアと思わないだろう……普通は。


 ただこの時、中山にどことなく似た風貌のヒデに絶対会いたくないという思いで一杯だったのだ。


 よし、アニにもう一度相談しよう、と顔を上げると──今まで空席だった向かいの席に誰かが座っている。


「え?」


 私は驚いて3cmほど椅子から飛び上がった。いつの間にか向かいの席に女性が座ってコーヒーを飲んでいた。


 彼女の着ているトレンチコートの襟元から覗く鮮やかな色のスカーフが、カフェの内装に映えている。


 エキゾチックで澄んでいるのに氷のように冷たい瞳がゆっくりと私を見つめる。


「マユ……?」


 マユは軽く目を瞑り、コーヒーを優雅に口へ運ぶ。そして再び目を開くと、私に静かな口調で話しかけた。


「──残念ね、事件の当日にはタイムリープできないわよ」


「え?」


 私は突然の展開について行けなかった。マユは話を続ける。


「あなたは、なぜいつもリスクの高い選択をするのかしらね?」


 カチャリとコーヒーカップを置く乾いた音。


「あなたがこの辺りでタイムリープしたのはわかっているわ。で?何か違和感を感じなかった?」


 私の心臓がドクンと音を立てる。先ほどのタイムリープを思い出す。


「違和感?って……何?」


「そんなものは、あなたの感性の問題よ。何かいつもと違う事を感じなかったのかしら?」


「──あ、えっと……そう言えば二股の道でタイムリープしたはずが海岸に……」


「そう、なるほどね……」


 マユは静かに頷き、万莉の家がある方向を見やる。


「この辺りはね、元々タイムリープと相性が悪いのよ、そもそもがそういう場所だから」


 タイムリープと相性の悪い場所がある?私はマユの話を唖然としながら聞いていた。


「わかるかしら?あの歪みの激しい家の辺りでチカラを使うと流されてしまう……例えるなら、乱気流の中で紙飛行機を飛ばすような……そういうものよ」


 再び私に目を向ける。どこまでも澄んだ瞳だが顔は無表情で、ミカとは違う怖さがある。


「でね……事態は良くない方向に向かいつつあるの、詳しくは言えないけどね。もう一度言うわ……あなたは事件当日には跳べない」


「跳べない…って」


「跳べないと言うか、あなたはあの日にあそこには居てはいけない。あなた流の変な解釈はしない方が良いわよ、ともかくあの日のあの場所にあなたは存在してはいけない」


 私は訳がわからず、聞き返す。


「なぜ跳べないの?意味がわからない」


 マユは表情を変えず、私をジッと見つめて低い声で話す。


「別の方法を使ってあの家族殺しの犯人を探すって言うなら、それはどうぞ。あなたは探偵ですものね。ただ、あの家のことをこれ以上探るのはやめた方がいいわ。あなたの手には負えないわよ……でも、そう。何を言ってもあなたは何かやりそうよね。──いつもそう」


 そう言うと一呼吸置き、マユの澄んだ瞳が鋭い光を放つ。


「はっきり言うわ。アニやあなたの周りの人たちにも迷惑がかかるから……おやめなさい」


 マユの言葉の圧に息を飲んだ。彼女の言葉は明らかに、これ以上踏み込むなと言う警告だ。何より母の行方を調べる数少ない有力な手がかりだと言うのに……


 その時、突然外が明るくなった。窓の方を見ると、海岸に低く垂れこめていた雨雲が割れ、そこから差し込む光が江ノ島に降り注いでいた。


 それは、まるで無数の宝石が散りばめられたかのような美しい光景だった。


 ほんの一瞬その光景に目を奪われた。我に返って再び向かいの席に顔を向けた時には、マユは消えていた──


 暫く呆然としていた私は、ハッと我に返り急いでアニに電話をかける。


 マユの言葉を伝えると、彼も驚いた様子だった。


「ルミ、まずはミカの指示通り、行方不明になっている容疑者探しの方を優先させよう。大丈夫、暴走族を束ねていたヘッドなら、話もわかるヤツかもしれないよ」


「うん……わかったよ……でも手に負えなさそうなら、また連絡するね。それで良いよね…?」


「もちろんだよ、私たちはチームだよ。何でも言って欲しい」


「ありがとう、心強いよ。じゃ、まずは……怖いけど情報屋ヒデに会ってくるね」


「わかった。頼りにしてるよ、ルミ」


 稲村ヶ崎いなむらがさきの海岸に日が差し、カフェの窓に飾ってあるサンキャッチャーに光が届く。テーブルに置いてあるコーヒーカップに虹色の光が当たりキラキラと輝いていた。


—— 「閑話休題かんわきゅうだい3」へ続く。

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