59話 第五幕 ~歯痒さの中で…~ ②
「昔はね、すごく綺麗なベランダだったって話だけど、私の家ってこの通り凄く古いでしょ?恥ずかしいけどベランダもボロボロ。探偵さんの役に立つかなぁ……」
と万莉は恥ずかしそうにドアの鍵を開ける。
「さぁ、探偵さん。どうぞどうぞ♩」
その無邪気な表情に、あの日の万莉の顔がフラッシュバックされ、胸が締めつけられるが、首を左右に振り必死に自分を立て直す。
家の中に足を踏み入れると、その陰気臭く薄暗い雰囲気は一層強まる。前にも感じたが、まるでここは洞窟のようだ。とても人が住む家には見えない。
玄関の先には扉がある、前回はその扉が微かに開いていて電球光の明かりが漏れて明らかに尋常でない気が放たれていた。 私はなるべく思い出さないように目を閉じようとした。
しかし、今回はその扉は有り難い事に閉じていてホッとする。階段に向かう廊下をよく見ると沢山の部屋がある。
この家は外観から想像する以上に奥に広いようだ。陰気臭く薄暗い階段を上る。上の階は暗くて良く見えない。一段上る度にギシギシと軋む、ここもかなり古い階段だ。
しかし──二階に上がりベランダに出た瞬間、私は思わず叫んだ。
「え‥‥?わああーー!」
目の前に広がる光景は、先ほどの陰気臭い家の内部とは対照的な、息をのむ美しさだった。
高台に建てられたこの家からは、
海の向こうには、小さいがはっきりとした輪郭を持つ江ノ
島の周りには白い波が砕け、幻想的な風景を作り出していた。何もなければここは最高のロケーションだ。一瞬心が奪われた。
「どうでした?写真と同じ場所ですか?」
万莉がアイスコーヒーを入れてきてくれた。
「あ、どうもありがとう。お構いなく」
私はベランダの手すりを、写真のそれと見比べてみた。
しかし古くなった手すりは潮風で錆びついていて、元の色が想像ができない。デザインは似ているけれど、何か違うような。
万莉は私から写真を受け取り、見比べて眉を寄せた。
「ここには、ちょっと事情があって私が小学生の3年、4年だったかな、その頃に引っ越しして来たから、その前のことは知らないの。役に立てそうもなくてごめんなさい。でも確かに江ノ島も映ってるし、この辺りだと思うけど……」
そして万莉は年下らしからぬ包み込むような優しい眼差しで私を見つめ、首を少し傾げると手を取って語りかけた。
「探偵さん……」
「え?」
「何があったかは知らないけど、探偵さん顔色が良くないよ、さっきは手も震えていたよ。何かお手伝いができたのであれば良いけれど──」
私は万莉の身にこれから起こる悲劇を思い、何とかしてあげたくて抑えていた感情が一気に吹き出した。
——過去の人を助けようとしてはダメだ……でも!でも!!でも!!!
「探偵さん?」
気付くと私は万莉の肩を抱き寄せ叫んでいた。
「万莉ちゃん、これから起こる殺……」
「え?殺?」
だめだ!教えてしまったら……!!
「いや……つらいことがあっても!私がついているから!いるからねっ!大丈夫だから!!」
「——え?ちょっと……た、探偵さん?」
突然のことで、万莉は目を白黒させていた。
私はそれだけ言うと逃げるように万莉の家から飛び出して全力で走った。そして、二股の辺りまで戻るとタイムリープした──
5月16日 14時15分
——元の時間に帰ってきた。
目を開けると波の音が聞こえる。
空は灰色で、雨が降り出していた。私は元の時間に戻れたかどうか確認しようとスマホを見る。
待ち受けの母の笑顔に、雨と私の涙が落ちる。私は砂の上にしゃがみ込み、嗚咽を懸命にこらえようとしていた。
「一体、私は何をしたかったの??」
結局、一番知りたかった赤いベランダについても、わからないまま帰って来てしまった。
このチカラでなんとかなると思ってタイムリープしたけど意味があったのか?雨の中、自身の無力さを感じ涙が止まらなかった。
「アニ‥‥ユッキー‥‥‥‥お母さん‥‥‥」
『自分に手に負えない事が起こったら一人で背負わないで相談して欲しい、これは約束だよ』
──私は、アニの言葉を思い出す。
—— 第六幕「海沿いのカフェでの選択」へ続く。
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