58話 第五幕 ~歯痒さの中で…~ ①
5月16日 13時51分
2日後、晴れて退院した私は再び
空には重く雲がかかり、今にも泣き出しそうな空模様だった。首にはアンティークな二眼カメラを下げて二股の左を曲がった辺りまで行き、人通りがないのを確認してタイムリープの準備をする。
私は頭の中を整理した。
──大事な事は二つ。
まず、赤いベランダがあると思われる
もう一つ、これから起こる惨劇の話は絶対にしない。大きく事実を変えてはいけない。歯痒かろうが仕方がない。自分に言い聞かせる。
私は大きく深呼吸をして意を決する。
「真実を!見極める!」
と呟き、二眼カメラのファインダーを覗くと青白く過去のこの場所の風景が映し出される。再び、
「お願い!」
と叫ぶと、不思議な光が吹き荒れながら私を包み、私は過去に飛んだ。
5月2日 15時24分 < 元の時間軸から−14日 >
タイムリープする前の天気とは打って変わり、サラサラした風が吹き渡る気持ちの良い陽気だった。白い雲と青い空。
──そして、心地良い波の音が聞こえる。
「え?波って……?」
私は辺りを見回した。二股を左に曲がった辺りでタイムリープしたはずなのに、稲村ヶ崎の海岸に降り立っている。134号線沿いの海岸だ。
「タイムリープは場所移動は出来ないはずなのに……どういうこと?」
足元には小さな石が散らばり、波打ち際で白い泡が弾けていた。海岸線を歩きながら、私は自分のいる日時を確認した。
スマホを見ると5月2日、つまり2週間前にタイムリープしたことが分かった。海風が私の髪を撫で、少し心を落ち着かせた。
しかし、疑問は残る。なぜ海岸に飛ばされたか?
「とにかく……行かないと──」
初めての出来事に戸惑いながらも私は、万莉家に向かった。再び二股を左に曲がる。
家に近づくに連れ、あの日の悪夢が脳裏に浮かぶ。手は小刻みに震えハァハァと呼吸が苦しい。
正直まだ……怖い。
しかし勇気を振り絞って歩き続ける。
道中、私は通り過ぎる風景にふと目を留めた。曲がりくねった小道、古びた家々の間を抜けると、そこには時が止まったかのような静寂が広がっていた。
「この辺りって、こんな感じだった?」
目的の万莉の家に着いた。やはりここは薄暗く異世界のような雰囲気と圧を感じる場所だ。私は呼び鈴を押した。
誰も出ない。辺りに静寂が訪れる。
すると突然後ろから声が聞こえた。
「──あの……」
ビクっと驚き振り返ると、万莉の人懐っこい笑顔が目に飛び込んできた。
あの日と同じ展開に、私は動揺した。恐怖と悲しみが一気に押し寄せる。しかし、無理やり感情を飲み込み自分に言い聞かせた。
『冷静になろう。今は事実を探る時だ』
万莉は私の普通でない様子に不安を覚えたのか、用心深く尋ねた。
「──あの……ここは私の家なの、何かご用ですか?」
「突然お邪魔してごめんなさい」
そう言うと感情を抑え、言葉を選びながら、彼女に話しかける。
「私は探偵なのですが、とある件でこの辺りを調べています。この写真に写っている赤いベランダの家があなたの家だという証言があったので、もしよければお宅のベランダを見せていただけませんか?」
万莉は一瞬驚いたように見えたが、すぐに表情を和らげ、花のように輝く笑顔を見せた。
「え、探偵さんなんですか、カッコ良いですね。ドラマでしか見た事ないけど、何か大変な事情があるみたいですね。今家族はいないようだけど、ベランダに上がって見てみます?」
万莉の反応に安堵しながらも、私は緊張を隠せずにいた。彼女の無邪気な振る舞いは、運命の残酷さを知らない子供を思わせる。
「え、ええ、ありがとう」
「探偵ってもっと怖くて渋いオジサンのイメージがあるけど、綺麗なお姉さんなんですね…何か初めて会った気がしないし。上がってください♪」
と万莉は、無邪気に私の背中を押して玄関の方へ誘った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます