17話 第五幕 ~秘められた繋がり~ ②

3月29日 13時53分


 打ち合わせ中に思わぬ邪魔が入ってしまい、私は神楽坂通かぐらざかどおりの緩い坂をとぼとぼ歩いていた。元の時間での活動は、ミカがどこかで監視しているがゆえに制限されてしまうのを改めて実感してしまった。


 やはり、中山が殺害される以前にタイムリープしながら調べていく方が効率が良いと思う。


 ただ、この時間軸で調べたいことが一つある。


──あの人も、中山と何かしら関係があるよね…


 中山不動産で見かけた、「スナック薄幸はっこう」ののりこママである。


 私は目的地までの路線図を頭の中で確かめてから、神田川かんだがわに咲く満開の桜を横目に飯田橋いいだばしの駅に向かった。


3月29日 14時47分


 谷中商店街の外れにある「スナック薄幸」は、迷い猫プルートのポスターを快く受け取ってくれたお店だ。


 お店の外壁にはプルートのポスターが本当に大量に貼られていて、壮観だけど正直なんのお店だかわからないかもしれない。


「うわぁ、本当に貼ってくれたんだ……」


 周りを見ると、道行く人がとりあえずは一度振り返る。スマホで撮って行く人もチラホラいて、すっかりと谷中の新しい映えスポットになっている。


 まだお店の開店前だと思うが、目的の人物──のりこママは、準備のために店内にいると思われる。迷わずお店の入口を叩く。


「はーい、ごめんなさいねぇ。まだ開店前なのよ」


 中から優しい桜色の着物を着たのりこママが顔を出す。彼女はつやのある大きな瞳で私を見つめ瞬きをした。


「あらあら、先日の黒猫ポスターのお嬢さん。ルミちゃんだっけね? ね、ね、見てよ、おかげで大繁盛なのよ。薄幸の黒猫って名前でね、お客さん沢山来ちゃって」


 のりこママは何かのCMのようにポージングしながらチャーミングな笑顔を見せる。


「時間あるなら、ちょっとお入りなさいよ。お礼に何か作ってあげるわ」


 彼女はそう言うと私の服をつまみ、店内に私を招き入れカウンターに座らせた。店内を見回すと、外と同じようにプルートのポスターがあちこちに貼られ、招き猫までが黒色に染められている。


「えぇ、店内もすごい事になっていますね……クロ猫と薄幸でお客さん喜ぶものなんですか?」


 のりこママはおしぼりを私に渡すと、ケラケラ笑いながら今まで付けていたテレビを消す。


「世の中のおじさんたちの中にはこういうシチュエーションが大好きな人もいるのよ。覚えておくと良いわよ。で、何飲みたい?」


 カウンター越しにグイッと顔を寄せる。背丈は小さいが同性から見ても可愛らしく色っぽいオーラを感じる。大人の女性と少女の顔が共存しているその笑顔は、薄幸だろうが何であろうが、おじさんたちの心を捕らえて離さないだろう。


──私はのりこママ特製のレモンサワーを飲みながら、中山の話を切り出す。


「ああ地主の中山さんね、最近亡くなったのでしょ?事務所も閉まっているし。昔からよく来てくれる大事なお客さんの一人だったのにねぇ」


 彼女は少し寂しそうな顔をしながらも、仕込みの手は休めず開店準備を続ける。


「中山さんって、実際どんな人だったのですか?」


「──そうね、このお店にとっては良いお客さんだったわよ、羽振りも良いし話も面白いしね」


「結構マメにお店には来ていたのですか?」


 特製レモンサワーに付いているマドラーのようなものをクルクルと回しながらサワーを飲む。何でも途中で色と味が変わり占いが出来るらしい。


「以前よりは控えめになったけどね、それでも週に1、2回は来てたかな。いつも違う女性を連れてね、やんちゃな人よ。間違ってもルミちゃんとか紹介出来ないわ」


 私はサワーを飲みながら曖昧に笑って見せる。深夜、中山の事務所で彼と対峙した挙げ句襲われそうになった事は、とてもじゃないけど言えない。


 のりこママはプルートのポスターをチラリと見る。


「──そうそう、でも何か呪いの猫伝説だったかしら?お酒が回るとそればかり話すのよ。その話になると、ちょっと熱心でねぇ、店の子達もウンザリって感じでね」


 中山が漆黒の白猫しっこくのしろねこ伝説を信じて行方を探していたと言う情報は前々から聞いている。


 もしかしたらそのせいで、中山は満月の夜に呪い殺されたと言う噂が広がったのかもしれない。


 あのダイイングメッセージのような「シッコク」文字も謎である。


「でもそうそう、昔働いてたんだけど──5年くらい前だっけかな?──トモちゃんだけよ、最後まで中山さんの話を一生懸命聞いてた子は……」


 2人がそこに座っていたのであろうか?のりこママ懐かしそうにカウンターを見て話している。が、私はその名前にひっかかった。


「トモちゃん……?」


 彼女は構わず話を続ける。


「そう、トモちゃんもだけど、中山さん本気で呪いの猫伝説なんて信じていたのかしらね?まぁ男の人はそういう所がまた可愛いわよね」


 私はマドラーをくるくると回し続けていたが、ふと思いついて、プルートと知世の写っている写真をママに見せてみた。彼女は写真を一瞥すると驚いた顔で言った。


「あら、このポスターの猫ちゃんね、このアングルも可愛いわぁ。でも───何でトモちゃんが写っているの?」


 私は思わずマドラーを回す手を止めた。


浜田知世はまだともよさんが、ここで働いていたの?中山とも、ここで会っていた?」


「そうよ、苗字は違うけどこの顔はトモちゃんよ。真面目な子だったわ、中山さんもお気に入りでね」


 マユと中山の繋がりに続き、プルート探しの依頼主、浜田知世と中山も知り合いだったなんて───意外な人と人の繋がりに興奮を隠しきれず、マドラーを持つ手が震え出した。


 それなら、知世から中山の話を聞けば、何かしらわかる事があるかもしれない。私の中で次にするべき事があれこれと浮かび上がる。


「──あらルミちゃん。サワーの色が変わったわよ」


 のりこママは大人可愛い笑顔で人差し指を立てポージングを決める。 そう言われて手元のグラスを見ると確かにサワーの色が変わっていた。


「あらあら、綺麗な色になったわね、不思議な青色なのねぇ……ふーん、なるほどぉ」


 彼女は意味ありげに含み笑いをする。


「あなたにはね……半年以内に、自分の人生を変えるような大きな出来事が起こるわよ。この不思議な青色が関連すること」


「青色が関連する出来事?」


──それって、なんだろう??私は思い当たりそうなことをあれこれと考えてみる。


「ひゃっ!!」


 のりこママがカウンターから身を乗り出し、エイッと私にデコピンをした。


「ちゃんとお水飲みなさい?可愛いお顔が真っ赤っかよ」


 私はのりこママの小悪魔のような笑みをドキドキとしながら見つめていた。


──私はお店から出て、酔い覚ましも兼ねて谷中銀座やなかぎんざの通りを歩きながら考えていた。


 マユに続き、迷い猫プルートの依頼主である浜田知世も中山と何かしらの繋がりがある。これは中山殺害の犯人特定に何か大きな手掛かりがあるかもしれない。


「そうそう、知世さんに連絡を入れよう」


 私は、プルート探しの中間報告にかこつけて中山の話を聞こうと、知世に電話をかける。


 しかしスマホは呼び出し音を繰り返すだけだ。


──留守……それなら


 私は二眼カメラが入ったお気に入りの赤いリュックを見やる。


──確か、知世さんが「スナック薄幸」で働いていたのは5年前って言ってたよね


 考えをまとめて、自分に大きく頷く。とにかく真実を見極めないと!


 10分後、私は「スナック薄幸」で働いていた知世に会うために5年前へタイムリープした──。

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