16話 第五幕 ~秘められた繋がり~ ①

3月29日 13時11分


 中山の事務所を危機一髪で脱出した私は、元の時間軸に戻り自宅で着替えを済ませた後、アニに今までのことを報告するため神楽坂かぐらざかの写真喫茶店「ニケ」に足を運んだ。


 私は未だ興奮冷めやらずという感じで、身振り手振りで中山事務所での一部始終を報告した。 


「報告ありがとう。ハハ……いや何というか、かなり無茶して攻めたね、聞いていてスパイ映画を観てるようだったよ」


 アニは私の報告を聞き、苦虫を噛み潰したような顔になっている。


「ルミは犬猫専門にしておくのが勿体ないね。ハハハ……って、いやいやいや、そうじゃなくて──」


 アニは言葉を切ってため息をつく。そのため息で私の興奮は一気に冷めた。それはそうだ。彼との約束──無茶な行動をしないこと──を早速破っているからである。


「約束破ってごめん、アニ。でも……」


 私はうつむいて黙り込んでしまう。


 アニは私を見ると頭を掻きながらメモしたノートを閉じ、小皿に盛った桜型のチョコレートを一つ口に放り込み、再び大きく息を吐く。


「──うん……まぁ、そうだね。まずは、マユだっけ?何者なんだろうね?」


「わからないよ、もう怖くて……」


「本当に怖そうだよね、突然現れたんだろう?目的は何だ?ルミを監視でもしてたのかな?」


「よくわからない。初めて見る顔だし……あの目は日本人離れしている感じだし」


「日本人離れねぇ、ルミの言うエキゾチックな感じか……ただ彼女の言っている事は理にかなっていると思う、過去の自分と目が合わなくて良かった思うよ」


「──理にかなっているんだ……」


 その言葉に、あの時の光景が思い出される。自分の分身と目が合う寸前までいったのだ。恐怖心がよみがえり心臓が大きく波打つ。


 アニは私の言葉に頷く。


「マユって女性はルミの事を知っているみたいだし、タイムリープの事を熟知しているようだ。味方なのか敵なのか……」


 アニはチョコをもう一つ口に入れてから腕を組む。


「少なくとも今後のタイムリープについては、マユの言ったことを守るのが賢明けんめいだね。今までやらなかったのは本当に幸運だったよ」


「うん……」


 アニは突然表情を和らげ口調を変える。いつものように私の気持ちを察してくれているのだろう。


「それにしても中山の投資の資料の件は良くやったね。本当に凄い。顧客名簿がしっかり写ってるし、投資の内容も……まぁあれだ──」


 彼はバーチャル不動産の資料にチラリと目を通すと軽く首を振る。


「後でじっくり調べてみるけど、残念ながらこれは99%詐欺だね」


「──やっぱり……あの中山ビルで会ったお婆さん大丈夫かなぁ」


「この手の詐欺師はとにかく弁が立つ、相手がパソコン知らない世代なら、赤子の手を捻るようにものだと思うよ」


「見るからに怪しい人なのに、みんな信じるなんて……」


 ため息をついて、私もテーブルの小皿のチョコを一つ摘む。


「それが詐欺の凄さなんだよね。この資料とルミの話から考えると、谷中周辺の人たちが結構騙されてた感じだね。中山は死んでしまったけどお金は戻って来るのか……ここも調べておこう」


「──アニ、警察の捜査はどのくらい進んでいるのかな?」


 彼は椅子の背にもたれて天井を見上げる。


「そうだなぁ、この事件についてメディアは何も報道してないからなぁ。もしかしたら警察から報道規制をされているのかもしれない。こういう時、警察側の情報も手に入れられればね」


「テレビドラマとかだと、よくそういう協力者っているよね」


「あはは、現実はねぇ。いると便利だけど、こちらは公に出来ないタイムリープのチカラを持っているからなぁ」


「とにかくこのバーチャル不動産のリストの中から、中山とトラブルのあった人を絞り出す方向で進めれば良いね」


「そうだね、まずは……」


──その時、店のドアベルがカランコロンと鳴る。


 今日はユッキーのシフトの日ではないのでアニが1人で応対しているが、彼女不在の日は閑古鳥かんこどりなので問題ない。


「いらっしゃいませ♪」


 アニは立ち上がってそう言うなりハッとした顔になり、私の頭を押さえて低くささやく。


「ルミ、面倒なのが来た。最近何かと来るんだよ。何とかするから裏口から逃げろ」


 この席は入口から死角になっているので見えないが、スタイリッシュな靴が見え隠れしている。どうやら谷中警察やなかけいさつのミカのようだ。


 アニは席を立ち、私の姿が見えないよう大袈裟おおげさに手を広げてミカを迎える。私はその隙に急いで裏口へ回った。


「いやぁ、これは刑事さん。せっかくのお花見シーズンなのに毎日地道な捜査お疲れ様です。今試作中のドリンクがあるのですが、飲んでいきます?」


アニの声が聞こえる中、裏口の扉を静かに閉めお店を離れ神楽坂のメイン通りに出た。


「ふぅ、これは確かに面倒だなぁ……どうすれば?」


私は大きく息を吐きながら、桜が咲くメイン通りを歩き出した。


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