15話 第四幕 ~遡る時間の糸~ ⑤
時刻は23時57分
ドアの前のパネルが赤く点滅し始めたのに気付き、私の全身に緊張が走る。
「そうだ、お手洗いに戻らないと──」
私はその写真を黄色い自分の手帳に挟みリュックに入れると、ドアに駆け寄りノブを回そうとした。
「!!」
──外から人の気配がする。
私の全身に緊張が走る。その気配の主はドアの向こうで何やら叫んでいる。耳を澄ますと男の声だ。
「そんな?どうしよう、こんな時に……」
時刻は23時58分
私はノブを慎重に回してドアを少し開け、外の様子をうかがう。外では男がカウンターに両足を放り出し片手には酒瓶を握り毒づいていた。
「──くっそ!アイツさえいればなぁ!!」
この後ろ姿はどう見ても中山だ。なんでこんな時間に??どうやら相当酔っているらしい。時間はあと2分しかない。
このまま部屋に居ればセキュリティーが作動して閉じ込められるし、今出ていけば中山に見つかるだろう。
私は息を殺してドアの隙間から店内を見回す。正面の中山は背中を向けているのでまだ私に気付かない。カウンターのスイングドアは右側にある。ドアまでの距離はおよそ2メートル。
中山のすぐ横を通る事になるが、死角になるように低く四つん這いになってスイングドアを抜け、後はそのままお手洗いまで走り、内側から鍵を掛けるしかない。
──迷っている余裕はない!
私は迷わず四つん這いになり、カウンターのスイングドアへと這い進む。一瞬中山の視線がこちらに向いた気がして全身が凍りつき、私は動作と呼吸を止める。
「何で消えたんだ!くっそ!くっそ!!」
中山はドン!ドン!と何度もカウンターを足で蹴飛ばす。その度に中山の荒れ狂った声と酒臭い息が私に襲いかかり、恐怖と嫌悪で血の気が引いていく。
しかしこのまま止まっていれば間違いなく時間切れだ。
幸い中山は私に気付いていないようだ。
真っ暗な部屋の中でセキュリティーパネルの赤い光の点滅だけが部屋を照らす。
──残された時間は僅か1分
『ここで諦めたら全てが台無しだ!!』
私は思い切って全力で這い進む。
スイングドアを静かに開ける。しかしその時、致命的なミスが起こる。私の帽子に取り付けていたLEDがカウンターの端に引っかかり床へと落ちたのだ。ライトの落ちる音が響き渡る。
全身を震わせながらゆっくり振り向くと、赤く点滅するLED光を浴びながら、中山が悪魔の形相で、目を見開いていた。
「なんだおまえは?……何してるんだぁ?!」
中山は荒々しく酒の瓶を握って立ち上がろうとする。彼の形相を見て恐怖のあまり思わず叫んでしまった。
「やだやだやだ!!怖い!!」
私も瞬時に反応し立ち上がる。だが、中山は私の行動を察知してカウンターを飛び越え、先回りして逃走経路を
ただ、中山は酔っているため足元がフラフラしている。
——これならギリギリ先にお手洗いに逃げ込めるかも!
私はそう判断し
瓶は粉々に砕け四方八方に飛び散る。視覚と聴覚にダメージを食らって私の身体は硬直し、密室の中で逃げる先を失ってしまった。 野獣に追い詰められた小鹿のようだ。
──あぁ…どうすれば
2つのセキュリティーパネルの赤色の点滅する光が速くなって来た、まるで私の心臓の鼓動と同期するように……
「ははは、どうしてやろうか!この泥棒め!!」
再び中山と目が合う。血走った目が暗闇の中でギラギラと光っている。涙目で立ちすくむ私に今にも飛びかかろうとして
──やだ……助けてアニ…!ユッキー……!!
時間はあと20秒ないだろう。
私の目が救いを求めて部屋の中をさまよう。その時、店の出入り口の鍵穴にもう一つ光るものがぶら下がっているのを見つけた。
──あれは鍵?……開いてる……?!
自分の呼吸が荒い。最後の賭けだ。一瞬息を止め、次の瞬間出入り口まで一気に走り抜ける。
突然の私の行動に怒り狂った中山の声が追いかけてくる。
「おい待て!ふざけるなぁ!!」
私はそのまま、出入り口のドアに渾身の力を込めてタックルした。鍵は開いており、私は呆気なく外へと飛び出した。驚き息を飲みながらも、そのまま何も考えずに全速力で逃走する。
セキュリティーが再起動するビープ音が背中越しに微かに聞こえる。
──おそらく酔った中山が鍵を開錠したまま店に入ったのだろう。
時刻はちょうど24時00分。
「生きてるよぉ……よかった、本当によかった……」
私は夜空を仰いで呟き、今になってしゃくり上げ涙を拭いながら、どこまでも止まらず走り続ける。
──中山殺しの犯人の、重要な手がかりとなるはずのスマホ写真とともに。
── 第五幕「秘められた繋がり」へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます