14話 第四幕 ~遡る時間の糸~ ④
3月8日 13時45分 < 元の時間軸から−20日 >
私は公園に戻り、人影のない場所で中山の事務所のシステムメンテナンスの日に跳ぶ。私が浜田夫妻と出会う6日前だ。
田舎から出て来た風の服装はそのままで良いはずだ。店の中を覗くと、先ほどの女性スタッフが、今日も数人の客を相手にしている。
スタッフの注意がそちらに向いているのは好都合だ。私は前回と同じようなテンションでお店の中に入る。
「いらっしゃいませ、気に入った物件情報がありましたらお気軽にお声をかけて下さいね」
スタッフは他のお客さんの応対をしながら私を確認すると、顔を覚えてくれていたのか必要以上に優しい笑顔を私に送る。タイミングは今しかない。
私が
お手洗いに入ると、赤いリュックからアンティークの二眼カメラを取り出し大きく深呼吸をする。
今夜のメンテナンスの開始時間は23時45分である。心の迷いがあると、跳ぶ時間に若干の誤差が生じるので私は23時30分を明確にイメージする。ここは集中力の使いどころだ。
二眼カメラを両手に持ち、カメラの上部にあるカバーを外すとファインダーが現れる。
「
と叫び、決意を込めてカメラのファインダーを覗くと青白い光で真っ暗なお手洗いの風景が映し出される。
再び、
「お願い!」
と呟きながら特別なシャッターを切ると、カメラから不思議な光が放たれ風の様に吹き荒れながら私の身体を包み込み、タイムリープが始まった──
──光の渦が消えていき、私は別の時間軸へふわりと着地した。そっと目を開け辺りを見回す。
真っ暗闇の中、扉横のパネルのLEDだけが緑に光っている。スマホで時間を調べる。時刻は23時36分。私はホッと胸を撫で下ろす。
メンテナンスの時間は15分しかない、もし終わった後に跳んでしまったらと内心ドキドキであった。
メンテナンスが始まる時間まで、あと9分。下手に動くとセキュリティーにひっかかりそうなので、準備をした後は大人しくするしかない。
私は指紋を残さないように手袋をはめ、髪も一つにまとめLEDライト付きの帽子をかぶる。それが済むと、目を閉じ頭の中でこれからの行動をイメージする。 気分は探偵と言うよりスパイである。
中山の部屋の様子がわからない以上、ピンポイントしかない。それらしい資料があればスマホで写真を撮りまくる。
色々考えたのだが、結局は
──時間はあと30秒
頭の中でカウントダウンを始める。
──3、2、1
行動開始である。
セキュリティーパネルの色が赤に変わった。
私は慎重にお手洗いのドアを開ける。店内は、非常ドアの明かりがある以外は真っ暗だ。
中山の部屋と思われるドアの横のパネルも赤色に光っている。メンテナンスが始まっている証拠である。問題はない。
私はカウンターのスイングドアを開け、転ばないように慎重に中山の部屋のドアの前までいく。そしてドアノブをゆっくりと回す。手袋の中が汗で濡れているのがわかる。
息を殺し、扉を少し開けて中を覗く。誰もいないようだ。緊張で喉が渇く。そうだ、ペットボトルを持って来れば良かったと後悔……
部屋に入ると念のためドアを閉める。室内のドア横にもパネルがあり赤く光っている。帽子のLEDを点ける。入口の正面にビジネスデスクがあり、その後ろの本棚に各種ファイルが保管されているのが目に入った。
まずはそのファイルを調べようと足早に近づく。各ファイルにはラベルが貼られ、実際の不動産取引の書類であるのがわかる。
時刻は23時50分
「もう5分?早過ぎるよ……」
次にビジネスデスクの上を調べる。意外に整理された机の上には、バーチャル不動産のパンフレットが置いてあった。手早くスマホで各ページを撮っていく。
二段になっている引き出しの上部を開けると、文房具類が出てくる。
「──ここじゃない」
次に下部を開けると、【バーチャルシティー顧客名簿】と書かれた赤いファイルが入っていた。
「やった。ビンゴ!」
私は小さくガッツポーズをする。ファイルを開き、次々ページをめくりスマホで撮る。
時刻は23時54分
そろそろタイムリミットだ。お手洗いに戻らないと新しいセキュリティーが働いてしまう。
その時、ファイルから一枚の写真が落ちた。
「──あれ?何これ?」
その写真を拾いLEDライトの照明を当てると、中山と並んで、驚くべき人物が写っていた。
「えぇ?」
人違いかと思い、もう一度見直す。だがそのエキゾチックで澄んだ瞳、
「どうしてマユと中山と一緒に写ってるの?」
何かのパーティーで撮ったのだろうか?2人はタキシードとドレスで正装している。
中山はいつも通りニヤニヤした笑顔だが、横に写るマユは先日と同じ無表情で澄んだ瞳でこちらを見ている。とても楽しそうな雰囲気ではない。
私はマユとのやり取りを思い出す。
『───マユは、中山とどんな関係が?』
私は、頭を働かせて考える。マユは私のタイムリープについて警告してきた。このチカラを使って中山との関係を暴かれるのを嫌ったのだろうか?
その時、
「!!」
あることに気付き、私の全身に緊張が走った──
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