13話 第四幕 ~遡る時間の糸~ ③
3月03日 11時06分 < 元の時間軸から−25日 >
私は再びタイムリープして、前回からさらに過去に跳んだ。元の時間軸から25日前、そして、中山が殺される半月前だ。
中山の事務所に潜入する方法についてあれこれ考えた結果、とりあえず一度部屋探しの客を装って店内の様子を探ることに決めた。
今日は、目立たないように丸メガネをかけ、パーカーにデニムのスカートとスニーカーで、「春の新生活に向けての部屋探しに田舎から出て来た学生風」に決めてみた。 うん、我ながら完璧な変装だと思う。
まずは、お店の前に貼られた物件情報を眺めるふりをして店内を外から覗く。
受付カウンターにスタッフが一人がいるだけで、他の客も中山も姿が見えない。心を落ち着かせるために、数回深呼吸をしてから店の扉を押す。
「いらっしゃいませ。気に入った物件情報がありましたら、お気軽にお声をかけて下さいね」
大きなディスプレイが置いてあるカウンター越しに、茶髪の女性スタッフがにこやかに微笑んだ。
店内を素早く見渡すと、趣味のいい濃茶系のウッディな床と天井、白い壁の前には観葉植物が置かれている。物件情報は項目ごとに綺麗に配置され、お客が落ち着いて調べやすい形になっている。
私は数分ほど物件を探すふりをしながら目線を動かし、店内の様子を探る。
カウンターの奥には【
問題は、そのドアには鍵穴がなく、横に緑色に光るパネルが付いていることだ。恐らく何かの認証で開くようになっているのであろう。
認証でロックされた部屋に潜入するのは、スタッフが常駐している営業時間内ではまず無理だろう。
——そうすると営業時間外だな……
「お客さま、店舗をお調べでしょうか?」
「ひゃっ!!」
いつの間にか後ろにいた女性スタッフに声をかけられ、驚いて心臓が止まりそうになった。その様子に彼女も驚き、申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、驚かせてすみません、先ほどから店舗の物件情報をご覧になっていたようなのでお声をかけたんですが……」
「あ……」
私は手に持った物件情報のパウチを見る。そこには空き店舗、水商売・飲食店可と書かれていた。周りを調べる事に気を取られ、大事なシチュエーションを疎かにしていたようだ。
咄嗟に、「春の新生活に向けての部屋探しに田舎から出て来た学生風」の服装にあった言葉使いで返す。
「アハ、これ店舗なのね。どーりでたけぇなぁって……さすが都会は違うなぁって思って……」
私は、一体どこの田舎娘なの?!と心の中で自分にツッコミを入れながら、照れ笑いでこの場を取り
「お客さまがお探しの物件は、多分こちらの方かと……」
スタッフは咳払いしてから、必要以上に優しい微笑みで、格安賃貸アパートのエリアに案内してくれた。
演技が上手くいっている証拠とはいえ、せめて賃貸マンションに案内して欲しかった……。
「ありげとうございます♪」
私が純朴そうな笑顔で言うと、女性スタッフは再び茶髪をなびかせてスマートにカウンターに戻って行った。
私は気付かれないように大きく深呼吸をするが、心臓はまだドキドキと
「──お客さまぁ」
振り向くと、必要以上に優しい笑顔で、お手洗いはこちらです♪のジェスチャーを何度も頷きながらしてくれる。
完全にテンパってしまった田舎娘を気遣う都会の素敵なお姉さんの構図だ。
私もスタッフと同じジェスチャーと頷きを繰り返しながら、横歩きでお手洗いに消えていく。
お手洗いのドアを閉めると、思いっきり息を吐く。鏡には、頬を赤くし汗をかいた、まぎれもなくどこかの田舎娘が映っている。ある意味完璧だけど、何気なく店の様子を調べるという事においては最悪だ。
「あぁ、地味にするつもりが目立っちゃった……」
とにかく仕切り直しである。もう一度何回か深呼吸をし、両手で軽く頬を叩き気合を入れる。
ふと、お手洗いも調べておこうと周りを見回す。清潔感があり程よいスペースである。
——タイムリープするなら、ここかな
お手洗いでのタイムリープは以前も経験があるが、実は人目につかず、タイムリープ時の光が周りに気付かれなければ最適な場所なのだ。
ただ問題が一つ──中山の部屋の前にあるのと同じパネルがお手洗いの内と外にあり、赤く光っている。
さすがにお手洗いは普通の鍵も付いているが、営業時間外になるとここもセキュリティーが働いてロックされるということかもしれない……
——ここに夜にタイムリープしても出られないのかぁ。
このお手洗いでタイムリープをして深夜に跳び、中山の部屋に侵入してバーチャル不動産についての資料を探りたかったが……
——このままだとちょっと無理だよね──それなら……
完全に不法侵入であるし私のキャラではないが、中山殺しの真犯人を探すため、今は手段を選んでいる場合ではない。参考人として警察に目をつけられているこの状況をなんとかしなければ。
頭をフル回転させて、やるべき事を整理する。
「あのお姉さんから聞き出す事。セキュリティー……中山の部屋の開け方」
——これしかないよ、これしか!
私は鏡の自分を見つめ自分に言い聞かせるように何度も頷いた。
私は再び店内に戻り、物件情報を見つつ先ほどの女性スタッフにのんびり話しかける。
「都会の物件ってなーんか難しいですねぇ……家の鍵とかって、どーんなのが主流なんですかぁ?」
彼女は私の質問に、優しく丁寧に答える。
「それは物件によりますね。最近はデジタルロックを使用する物件も増えていますが、まだまだ従来型の
私は次の質問へと続ける。
「なーるほどねぇ、デジタルロックというと、あの、お姉さんの後ろにあるみたいな、ピカピカ光るパネルに何かすると開くんですよね?」
スタッフは頷き、更に詳しく説明する。
「その通りです。例えばこの事務所内もそうです、スタッフは全ての扉を自分のIDカードで開け閉めします」
『やっぱりあれはIDカードなんだ……』
この情報を得て、私はさらに具体的な質問を投げかける。
「えー、私そのデジタルって言うのがいいなぁ、か弱い女の一人暮らしだしなぁ」
「──そうですよね、少しばかり家賃は上がりますけどね」
「安全には変えられないよぉ、このお店と同じくらいのが良いかと思うなぁ」
スタッフは苦笑しながら頷く。田舎娘の演技が効いているのか?彼女はすっかり教えてあげたい大人の都会で働くお姉さんモードである。
「これは業務用ですからね、月に1回IDとシステムをメンテナンスで変えるのでセキュリティーは上がりますが、個人宅で使うには面倒ですし大変かと思いますよ」
「メンテナンスって何ですか?都会は難しい言葉ばかりでぇ……早くお姉さんみたいに知的で素敵な都会の女性になりたいなぁ」
「うん、そうねぇ……1ヶ月に1度だけ、鍵と鍵穴が総取り替えになると思ってください。それのデジタル版で全自動で取り替えるの」
彼女は手元のカレンダーの赤い星マークを指差す。そこには23時45分〜と書き込まれている。
「この星がメンテナンスの日ね。15分だけど、その間は全てのセキュリティーが無効になり、扉が一時的に解錠されます」
私はお店を見回す。中山の部屋の横にあるパネルと同じものがお手洗いと出入口にある。今は赤く光っているが、夜間は通常これらも緑に光りセキュリティーが作動するのだろう。
よく見ると、天井にも何ヶ所か円柱状の出っ張りがあり横のランプが緑に光っている。あれは恐らく監視カメラだと思う。
「なのでメンテナンスの日だけは、15分間セキュリティーが役に立たないので、退社する時に外から普通の鍵を使ってロックをかけるの。こんな面倒なことは個人用には難しいかと……」
「はぁ、なーんか知らないけど、面倒なんですねぇ……普通の部屋が良いのかなぁ……」
そこまで大事な話を喋ってしまうお姉さんの今後を心配しつつ、私は探していた答えを得たのを感じ、心の中でガッツポーズをした。
——私って、探偵の才能がやっぱりあるかも……
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