12話 第四幕 ~遡る時間の糸~ ②
3月10日 11時06分 < 元の時間軸から−18日 >
私は更に2日前、つまり中山が殺害される約1週間前へタイムリープした。うーん、少しややこしくなってきた……。
この日も中山の不動産事務所の前の公園で、文学少女風の格好をしながら張り込みをしていると事務所から中山が突然出て来て谷中の商店街の方に歩いて行く。
「わっ、聞いてないよ。ちょっと待って!!」
遅めの朝食を食べていた私は、慌てて焼きそばパンを口の中に詰め込みコーヒー牛乳で流し込みベンチを立つ。
彼は上下黒ずくめの服装に青いストールという出立ちで大きな封筒を抱えている。
私は適度に距離をとりながら中山を尾行する。彼は周りを気にする事なく、少しばかり肩で風を切って歩いていく。
——うーん、何あれ?どう見てもお友達にはしたくない感じ、彼は被害者のはずなのに、今、犯人を尾行しているような気がするよ……
中山は千駄木駅前の不忍通りの信号を横切り、よみせ通りに入って行く。ここは谷中銀座の入口で、私も大好きな昔懐かしい雰囲気の商店街だ。
少し商店街の奥を歩くと、彼はとある雑居ビルの中に入っていく。私が少し遅れて入り口まで歩いて行くと、ビルの看板には中山貸し会議室と書いてあった。
「あれ?ここって中山……貸し会議室?」
入り口前には掲示板があり、11時30分から「バーチャルシティの土地所有権に関する説明会」がある旨が書いてあった。
「バーチャルシティ??何だろう……」
私が掲示板を眺めていると、背後から声がかかった。
「あ、お嬢さんごめんなさいね。そこの掲示板、説明会って3階のAって書いてあるのよね?」
私が振り返ると人の良さそうなお婆さんがにこにこしながら立っていた。
「あ、そうみたいですね。3階のAみたいです」
「良かった、どうもありがとうね。目が悪くてね、ホントに困っているのよ」
「──お婆さん、ここの説明会に参加するの?」
「そうなのよ、バーチャル不動産って言ったかね?これからはコンピューターの中に作った街の土地を持つと良いって中山さんに言われてね」
彼女は顔を輝かせて興奮気味に話す。
「この土地が数年後に何十倍になるって話で、とりあえず聞きに来たのよ。自己責任とは言え年金も少ないし蓄えも心許ないからねぇ」
──うーん。どう見ても怪しい話だ。この手の詐欺話はよく聞いていたが、どうやら中山はそういう怪しい投資系詐欺の
私とお婆さんが話している間にも、沢山の人が会議室へ向かっていく。ほとんどの人がパソコンやメタバースとは無縁そうな老人ばかりである。
気になるのは、お婆さんのカバンから通帳がのぞいていることだ。
「あ、もう始まる時間だわ、あなたは行かないの?」
私は苦笑いをしながら、首を横に振る。説明会を聞いた方がもちろん良い気がするが、ここで中山に顔を覚えられるのは避けた方が良いと思った。
「そうなのね、お嬢さんも最先端を学ばないと置いていかれるわよ。じゃ」
「あっ、あの…!」
「え?」
「あ、いえ……何でも。」
「そう?じゃ、行くわね」
お婆さんは、意気揚々とエレベーターに乗り3階に向かって行った。私は唇を噛んで彼女の後ろ姿を見送った。
「こういう時って…どうすれば良いのかなぁ」
——タイムリープで事実を捻じ曲げてはいけない──マユの言葉だ。
マユに出会って警告を受けなければ、今ごろ私はお婆さんを説得して説明会への参加を止めただろう。
しかし私は彼女に出会い、タイムリープのリスクを知ってしまった。
例えば、お婆さんが説明会に参加して、その気になり投資の為のお金を出したとして、大成功したとしたら?
反対に、一番あり得る事だが大失敗して全てを失ったとしたら?そのショックで自殺など考えてしまったら?
今のお婆さんを説得して説明会への参加をやめさせたら、どちらに転がっても彼女の人生を大きく変えてしまうだろう……マユはこれについて警告しているのだ。
つまり、今回の一番の正解は、何もしないということなのだろう。なんともやりきれない気持ちだ。気がつくと私は大きなため息をついていた。
中山の雑居ビルから出て、来た道を戻りつつ次の一手を考える。
──先ほどの件で、私はバーチャル不動産の土地所有権をめぐり損をした人たちが、中山の死に深く関わっているのではないかと思った。
中山は法律ギリギリのところで悪事を働いており、対立する人々は自己責任と言う言葉で泣き寝入りを強いられたのではないか?投資詐欺ではよく聞く事だ。
そうであれば、中山を殺したいと思う人間は沢山いるだろう。
私は、バーチャル不動産に勧誘された人々が実際どれだけいるのか、どんな状況にあるのかをスマホで少し調べてみた。
「うーん、インターネットには何も書いてない。さっきのおばあちゃん達をメインターゲットにしているからかな……これじゃバーチャル不動産の被害報告も載ってないよね 」
それではどうすれば良いか?
私は千駄木駅前の信号の色が変わるのを見つめながら考え込み、一つのアイディアを思いついた。
「これしかないかなぁ」
──バーチャル不動産の資料と顧客名簿を調べるため、中山の不動産事務所に潜入する──。
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