18話 第五幕 ~秘められた繋がり~ ③

3月21日 16時57分 < 元の時間軸から−5年 >


 この年代の「スナック薄幸」に行けば、そこで働いていた知世に会うことができるかもしれない。


 私は谷中銀座を通り抜け再び「スナック薄幸」へ向かった。5年前ともなれば街の様子も少し違い、歩いていて所々に新鮮さを感じる。


 お店のオープンには少しだけ早かったので、向かいの喫茶店に入る。1970年代のサイケな雰囲気で、大きな丸窓が特徴の店だ。BGMのフォークソングが流れている。


「──ブレンドコーヒーお待たせしました」


 店員がコーヒーをテーブルに置いてカウンターに去ると、私は丸窓越しに外の風景を眺める。ここからはちょうど「スナック薄幸」の看板が見える。


「はぁ……」


 椅子にもたれてブレンドコーヒーを一口飲むと、体中から力が抜けるのがわかる。やはりカフェでコーヒーを飲むひと時は私にとって大切な時間だ。


 ここの所、気を張り過ぎていたかもしれない。気軽に犬猫専門探偵をしていた頃が懐かしい。


 黒猫プルート探しの依頼を受けたのは、ほんの2週間ちょっと前のことだ。そのプルート探しの過程で満月の夜に中山浩司なかやまこうじの遺体を発見し、結果、警察に疑いの目で見られるようになってしまった。


 過去の自分やマユとの対峙で怖い思いをしたり、中山の事務所に侵入したり……


───これって、つい最近の事なんだよね……もう、情報量が多過ぎるよ。まともに考えると、私のキャパをとっくの昔に超えているよ。


 全ては、私の細やかな日常を守るため……、そして行方不明になったお母さんの手掛かりを見つけるため。


 私は目を閉じ髪をかき上げながら、コーヒーをもう一口。思わず独り言が口から漏れた。


「ユッキーが淹れたコーヒーが飲みたいなぁ……」


 ──その時。


「いい加減にしてコウちゃん!」


 突然その声にハッとして現実に戻される。聞き覚えのある声だ……確か今、隣の席から聞こえたような。

 

 私はソッと隣の席に目だけ向けると、目を丸くする。


「……知世さん?」


 派手な髪型や服装で印象はだいぶ違うが、明らかに浜田知世だ。


 そして向かいに座っているのは──中山浩司だ。


──コウちゃんって?中山のこと??


 私は反射的に身を隠そうとしたが、考えてみたらこの年代では私の事を中山も知世も知らない。


 私は息を整えて、聞かないフリをするお客のフリと言うよくわからない設定を自分に課し、そっと二人の会話に聞き耳を立ててみた。


「───コウちゃん、もう私、お金は用意できないよ。のりこママは優しいから前借りも頼んでいたけど、もう限界だよ」 


 中山は、知世の話を聞きながらニヤニヤしている。奴は知世に借金をしていた?こいつはクズ男中のクズ男だ。


「私、もうお店の時間だから行くけど、のりこママにも迷惑かけたくないし、あのお店やめる。

──私……知っているんだよ、他にも女がいるんでしょ? アッちゃんから聞いたんだから。

コウちゃんとの付き合いもこれで終わりにしたい!」


──えぇ!!私はあまりに驚いて、コーヒーを口から思いっきり吹く。


「熱っ!あつっ熱っ!」


 私の叫び声に、知世と中山がこちらを見る。


 親切な店員が飛んで来て、服にコーヒーを派手にこぼした私に濡れタオルを渡してくれる。


 ただ、2人にまじまじと見られてそれどころではない。静かに聞き耳を立てていたはずがまた目立ってしまった。どうして良いのかわからず、私はお金をテーブルに置いてお店から飛び出した。


 買い物客で賑わう谷中銀座商店街を走り抜け、息を切らしながら夕やけだんだんを上った所で、ようやく落ち着きを取り戻した。


 汗を拭きながらふと来た道を振り返ると、夕やけだんだんから見下ろすノスタルジックな商店街が、夕陽を浴びてオレンジ色に輝いていた。


「わぁ……綺麗」

 

 私は呼吸を整えて思考を働かせた。逃げるようにお店を出たが、思いがけずこれ以上ない情報を手にする事ができた。


「やっぱり知世さんに直接会って、中山に関する話を聞こう、あとは……」


 ともかく元の時間軸へ帰ろう。そう考えたその時。


「え?!」


──何処からか、私を鋭く見つめる視線を感じた。


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