19話 第五幕 ~秘められた繋がり~ ④
3月21日 17時41分 < 元の時間軸から−5年 >
谷中の有名スポットである商店街入り口の階段「夕やけだんだん」は、行き交う人々でにぎわっていた。私の左右を多くの人が行き来する。そんな中、私の視線が一点に釘付けになる。
人の波の中で、動きを一切止めた黒い影。それは階段の一番下、手すりに手を添えて私をジッと見上げていた。
目を細めてその人影を確かめると、感情を欠いた表情、澄み切ってエキゾチックだがとても冷たい瞳が私を見つめていた。彼女は首を軽く傾げる。
全身がぞわりと総毛立つ。
「マユ?!」
私はゆっくりと後ずさる。彼女は静かに階段を上ってきた。
「──どうして、ここに?」
彼女の足取りが徐々に速まる。先日の裏路地での出来事がフラッシュバックし、私は考えるより先に踵を返して逃げ出していた。
人ごみをかき分け、マユを撒くように住宅街の路地をジグザグに走り抜ける。
「ハァハァ、5年前にタイムリープしているのに……」
細い路地を曲がると、私は一旦立ち止まり来た道を確認する。マユは追って来ていないようだ。
「ハァハァ、大丈夫みたい……大丈夫」
自分に言い聞かせるように独り言を言いながら一息つき、乱れた髪を整える。その時、
「──えっ?!」
再び視線を感じた。来た道の反対方向だ。振り向いた私は目を見開く。マユが真っ直ぐ私を見て、こちらに向かって歩いてくる。
「いやだ、何で?!」
私は慌てて路地を飛び出す。細い路地は迷路のように入り組み方向感覚を狂わせ、どこを走っているのかわからなくなる。
「ハァハァ、ここ……さっき来た道のような…」
同じ道を繰り返し走らされているような錯覚に陥る。
ある角を曲がると、向こうからマユが来る。そこから逆方向に逃げてもマユがいる。
「ハァハァ、どういうこと?息がもう限界……」
手前の角を曲がる。
「ひゃっ!!」
その瞬間、反対方向から歩いてきた人にぶつかった。
「あ、あの、すみません!」
私がぶつかった人に謝罪し、顔を上げると唖然と口を開いた。
──それはマユだった。
彼女の瞳は澄んでいて見惚れるほどだが、無表情で冷たく殺気を帯びている。彼女は私の両肩をつかみ、ゆっくり塀に押し付ける。
私は全力で彼女の手を振り払おうとしたが、彼女の手は鉄のように硬く、まるで動かなかった。もはや逃げることすら許されない──それを悟って私は絶望的な気持ちになる。
「──誰か……助けて!」
私が叫ぼうとすると、
「お黙りなさい!!」
無感情だが有無を言わさぬ鋭さでマユは一喝する。そして僅かに首を傾けて私を見つめる。
「あなたに忠告したわよね?──タイムリープを使いすぎるなと。この地域の空間の歪みが大きくなっている、危険な兆候が出始めているのよ」
さらに、私のリュックの中の黄色い手帳に挟んでおいたはずの写真を私の目の前に突き出す。
中山の事務所で手に入れた、マユと中山が写っている写真だ。
「──それは……」
「探偵の真似事か知らないけど……」
私の頬に写真の角が押し付けられる。
「私のことを探るような真似をすれば……残念だけど、あなたが勝手に空間の歪みに消える前に、私があなたを消さないといけない。 もう二度は言わないわ……」
マユは冷たい手で私の両目を覆い隠した。一瞬視界を奪われ、パニックになった私は無我夢中に抵抗する。
──そして不意に目の前が明るくなった時、マユは煙のように姿を消していた。
私は呆然としたまま、塀を背にしてへなへなと座り込んだ。心臓はバクバクして、手には嫌な汗をかいている。
「……やだ、怖いもう無理」
彼女は何者なのだろう?5年前の時間軸に現れるということは、やはり彼女もタイムリープができるということだ。
それに私の逃げる先にまるで何人もいるようにあらわれた。
「まるでホラー映画だよ……あんなの人ができる事なの?」
──あなたには忠告したわよね?──タイムリープを使いすぎるなと。この地域の空間の歪みが大きくなっている、危険な兆候が出始めているのよ──
彼女の言葉だ。感情の感じられないが威圧的な声だった。
タイムリープを繰り返してはいけない?私はそこまで繰り返していたのだろうか?……それに空間の歪みって何だろう?
私は胸に手をあて喘ぐように呼吸を繰り返す。
──マユは自分の事をこれ以上探るなと……探るのであれば私を消さないといけない??──
──私を消す?……どういう事??
思わず生唾を飲み込み、彼女のエキゾチックな瞳を思い出す。綺麗で透明で惹かれるような目だがその奥に揺らぐ事のない強い意志を感じる。
「落ち着こう……とにかく落ち着いて考えよう」
とにかく、帰ってアニに相談しよう。中山と知世の繋がりは、真犯人を特定する大きな手がかりだ。
大きく深呼吸をして、事態を整理しようとした。
──しかし、うん。いや……
胸の奥から吐き気のように湧き出る焦燥と恐怖。
元の時間軸では、あの女刑事ミカが待っている。自分の行動のせいで警察に目を付けられた今、最も避けたいのは、これ以上疑われてタイムリープのことを公に知られることなのだ。
もしそうなってしまったら───嫌だ。お母さんを探せなくなるし、今までの温かい日常がなくなるのは、嫌!!
私は汗で湿った両手を握りしめる。 どうすれば良いのだろう?
ここで動きを止めるわけには行かない。何としてでも自ら真犯人を探さなければ……再びマユの顔を思い出すが、不安を振り払うように首を大きく横に振る。
「──あと少し、あと数回だけのタイムリープなら……それで最後にすればいい」
私は元の時間に戻るために、赤いリュックからカメラを取り出した。
「あと少し……あと少しだけ……」
その様子をじっと見つめる猫の目が、妙に鋭く感じられた。
── 六幕「タイムパラドックスの予兆」へ続く。
──あとがき――
ここまで読んでいただきありがとうございます。ここまでの物語はどうでしたでしょうか一言でもコメントや ★でのご評価を頂けたら創作のモチベーションも上がり嬉しく思います♪ 今後ともどうぞ宜しくお願いします。
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