20話 第六幕 ~タイムパラドックスの予兆~ ①


 3月30日 13時43分


 私は元の時間へ帰り、まずはコーヒーと砂埃だらけの服を着替えるために自宅に戻った。


 アニに連絡を入れ、今までのことを報告すると、彼も中山と知世が当時恋人関係にあった事実に相当驚いたようだ。


 電話越しにアニとユッキーの叫び声が聞こえる。


「何?えっ!熱っ!あつつつつつ!!」


「アニさん、大丈夫?!濡れタオルここにあるから!擦らないでね」


 ──お店はパニックなようだ。火傷してなければ良いけど。


 その後アニと相談し、改めて計画を提案した。神楽坂かぐらざかの写真喫茶「ニケ」で中間報告を装って知世と待ちあわせ、中山についての話を聞くというのが目的だ。


 早速、知世に連絡を入れる。何回かの呼び出し音の後、知世の声が聞こえた。よかった、今度は1回で繋がった。


「知世さん、そろそろ一度プルートちゃん捜索の中間報告をしたいと思うんですが」


「え?あぁ、そうね……それは必要よね」


 電話越しの知世はどことなく落ち着かない様子だ。


「それで…急で申し訳ないんですけど、今日これからではどうでしょう?」


「あ、今日……ですか?」


「忙しいようならまた後日でも大丈夫ですけど」


「え?あ、いえ大丈夫……だと思います」


 何か知世の声はソワソワして上の空な感じだったが、待ち合わせを承諾してくれた。


──やった♩これでまた一歩真実に近づける……


 私は最高の気分で、神楽坂の「ニケ」へ向かう。打ち合わせまで時間があるので、市ヶ谷駅いちがやえきから飯田橋駅いいだばしえきまでの外濠公園そとぼりこうえん沿いの桜並木を、歩調を緩め久しぶりにゆっくりと歩いた。


 ここは都内屈指とないくっしのお花見スポットの一つで、毎年この時期にここを歩くのを楽しみにしている。今日はなんて最高のお花見日和だろう♩


 サラリーマンや近くの大学生たちがお酒で顔を赤くして、陽気にこの季節を楽しんでいる。 春の日差しの中を時折桜吹雪さくらふぶきが舞い、その光景に私は足を止めて一瞬見惚みほれる。


「あぁ、凄く綺麗……心が洗われるみたい」

 


 数回深呼吸をすると、必要以上に張り詰めていたものが身体から抜けていく感じがした。子供の頃から見てきたからか、やはりここの桜は最高だと思う。


 嬉しい事に奇跡的に空いているベンチを見つけた。そこに座ると私は一時の穏やかな時間に身をゆだねる。

 

 桜吹雪の下で仲良く遊んでいた三毛猫と茶トラ猫の先客が、ニャーンと鳴いてつぶらな瞳で私を見上げる。


 私は二匹に微笑みかけ、優しく風で乱れた髪を軽くかき上げて目を閉じる。


 マユや中山、警察に疑われていることなど色々あるが、このひと時だけでも意識的に頭から追い出し、心の中から自然に溢れ出てきた歌を口ずさむ。


 独りの夜に〜思いを馳せて〜

 あの伝説を思い出す〜

 時を旅して〜いつも彷徨って〜


 最近気に入っている曲だ。関西の女性アーティストの曲のようだが、彼女の歌を歌っていると心が柔らかく解き放たれ、自由になれる気がする。


 気配で、通行人の何人かが立ち止まって私の歌を聞いているのがわかる。人と繋がっている感じがして嬉しいし、気分が上がる。


 いつの間にか同じベンチの隣にも誰かが座って聞いている気配がした。乗ってきた私は構わず歌の続きを口ずさむ。


 タイムリープで多くの時間を跳び越えているが、今日という日、今この瞬間を大切にしないと。


 最後まで歌い終わる。心が和らぎやっと素の自分に戻った気がする。私は目を閉じたまま軽く息を吐く。


 目を開けると、いつの間にか膝の上に三毛と茶トラの二匹がちょこんと乗っかって、尻尾を舐めながらゴロゴロと喉を鳴らしていた。


「わぁ、可愛い♩」


 道理どおりで膝に温かみと重みを感じると思った…


 立ち止まった数人の人たち、そして私のすぐ隣の人の拍手が聞こえる。


「あ、どうもありがとう♪」


 私は顔を上げ、気分良く笑顔で拍手の主にお礼を言う。


 隣の拍手の主は、キレのある笑顔で私を見つめ、スタイリッシュに足を組んで座っていた。


「え?……刑事さん」


 突然のことに私の思考は固まってしまった。

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