35話 第十幕 ~試される運命~ ②

3月08日 23時20分


 中山不動産事務所の前の公園に私はいた。覚悟はできてるなどとカッコよく独り言を言ってはみたものの、結局あれこれ考えていたら時間がなくなって、ここまで来てしまったと言う感じだ。


 しかしどの道、選択肢はないのだ。この時間軸に3人の私が存在すると脅されても、何が起こるか、あるいは何も起こらないかは誰にもわからない。


 このまま撤退するリスク──刑事ミカに利用価値がないと見なされ逮捕されるか、尋問じんもんされタイムリープのことが知られ、その結果どうなるのか──を考えると、ここで出来る事を精一杯やるしかない。


 自分に言い聞かせる。中山と芳雄のビデオを撮ること、そして自分と鉢合わせしないことに集中する。他のことは考えない。


 ミカから送られて来た写真で指定の場所を確認し、草むらの奥に小さな三脚を立ててビデオをセッティングする。


 ここからも中山の事務所の様子がはっきり見える。今はセキュリティが働いて中は真っ暗である。メンテナンスの時間は確か45分。つまりあと25分後だ。



23時30分


「そろそろ中山たちが来ても良さそうなものだけど……」


 辺りを見回しても公園の中に人気はない。中山と芳雄の喧嘩を見ていたと言う酔っ払いの姿も見えない。


「ここの公園で良いはずだよね?」


 スマホで確認するが確かにここの公園だ。私は少し焦り出す。


23時36分


 中山の事務所内が一瞬光ったのを感じた。


「過去の私がタイムリープして来た……」


──たった今から、この時間軸には3人の私がいる。


 全身に緊張が走る。ただ、鉢合わせの可能性は実際にこの位置からみるとあり得ない。


「大丈夫、大丈夫。順調だよ」


と私は呼吸を何度も整える。


──その時。


 グラッと大きく目眩のように地面が揺れる。いや、地面が揺れたというよりは、空気を含めてこの場全体……空間が揺れた感じだ。


 私は低くしゃがみ込み辺りを見回す。揺れは数回だけだった。めまいかと思い頭を数回振ってみる。それ以上は何も起こらない。


「今の……なんだったの?」


 その時、木々の向こう側から声が聞こえて来た。まだ人影は見えないが、聞き覚えのある声だ。


 私は木陰からそっと様子をうかがった。不安と興奮が入り混じった感情が私を包む。


23時40分


 ──やがて、暗闇の向こうから中山がこちらに歩いて来た。手には酒の瓶を持ち、酔っ払っているようで足取りがおぼつかない。前にこの時間にタイムリープして彼と対峙した時のことを思い出し、私は嫌悪を覚える。


 やがて追いかけるように、もう一つの人影が現れた。目を凝らしてみると、それは間違いなく知世の夫の芳雄だった。


 その後ろをやはり酔っぱらっている様子でついてくるのは、情報提供者である芳雄の知人だろう。


『やっぱり、芳雄が中山と接点があったのは本当だったんだ……』


 芳雄は先日見た大魔神のような形相で、何かを叫んでいた。


「いけない、録画!」


 私は息を整えてビデオの電源を入れ、録画ボタンを押した。


 中山はニヤニヤしながら、芳雄をからかうように酒瓶を振り回す。芳雄は酒瓶を避けようと転んでしまうが、彼も相当酔っているらしく、中山に向かって半狂乱で叫び続けた。


「このとんでもない詐欺師め!殺してやる!!うちの知世にも手を出しやがって!殺してやる!!」


 私はその光景を見てゆっくり首を振る。


『今も知世は中山と繋がりがあった……』


 大きく息を吐き出した。これで、ミカのテストに十分合格出来る証拠動画が撮れたのだが……


 先日の芳雄の話から、私は彼がどれほど知世を愛していたのか知っている。ひどく胸が痛む。


 そっとビデオを撤収してその場を離れようとしたその時、私は芳雄の言葉に耳を疑った。


「──プルート……いや、漆黒しっこく白猫しろねこを返せ!!このゲス野郎!!」 


私の思考が一時停止して彼の言葉を理解するのに少し時間がかかった。


え?プルートが……漆黒の白猫?!

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