10話 第三幕 ~タイムリープ~ ③

 私は背後から口を塞がれたまま、薄暗い裏路地の奥まで連れて行かれた。咄嗟とっさの出来事で、頭がパニックになってしまい、思考がいつも以上に働かない。そしてバイクの陰に座らされる。


「声を上げたら、命の保証はないわ!」


 声の主はバイクの陰から表通りの様子を伺っているようだ。突然の事に、私の身体は恐怖で硬直する。


 暫くすると声の主は、大きくため息をつき私の方をゆっくりと振り返る。 それはエキゾチックな済んだ瞳を持つ、クールで整った顔の女性だった。


 私が彼女に容姿に見惚れていると、厳しい口調で私に問いただした。


「あなたは何をしようとしていたのかしら?」


「え……な、なにって?」


「一体、あなたは何をしようとしていたのかしら?と言ったの」


 女性は澄んだ瞳でジッと私を見つめる。顔は無表情なのにどこか殺気を帯びている。


──誰なのこの人は、怖すぎる!

 

 私は恐怖で何も言えず、抵抗する気にもなれず、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「タイムリープは強力な力だけれど、間違った使い方をすれば大変な事になるわ」


「──間違った……使い方?」


 再び女性は氷のような冷たいため息をつく。


「本当に何も知らないようね」


 私は半分涙目でロボットのようにコクコクと頷く。


「使いすぎたり事実を捻じ曲げるようなことをすると、空間が歪むの。

 あなたが考えそうな事だから言っておくわ、事故を起こした人を助けようとしたり、死んだ人を生き返らせて救おうとか思わないことね───」


 そして女性は、私のすぐ近くまで顔を寄せてきた。私の鼻をくすぐるエキゾチックな香り。


 彼女は表情一つ変えず、だが今にも私の首を締めそうなオーラを発している。


「いい?覚えておきなさい。今話したこと、そしてあなたがここでやろうとしたことがどれだけ危険なことなのか」


 彼女は私の目を真っ直ぐ見つめて続ける。


「もし過去の自分と目が合ってしまったら───この時間軸のあなたが、あなたを認識してしまったら、この世からあなたは消えてしまうの。

 あなたのタイムリープは危険すぎる」


 ついに私の目から涙が零れ落ちる。なんとか声を振り絞って、こうたずねた。


「あ、あなたは誰??」


 彼女はしばらく私を睨んでいたが、軽く息を吐き一瞬目を閉じ、そしてエキゾチックで澄んだ瞳を再び開いてこう言った。


「私は……マユ」


 彼女はそれだけ言うと、私の前から消え去った。


 突然の出来事に、私の思考は止まり手には汗をかいていた。口はもしかしたらパクパクしていたかもしれない。


「はぁ……」


 私は何とか落ち着こうと、目を閉じて涙を散らし、数回深く深呼吸をする。そしてマユの言葉を思い出す。


「目と目が合ったら……そんな、そんなの知らないよ。もしそれが本当なら、さっきの私に声をかけてたら、今ごろ……」 

 

 私は背筋が寒くなった。暫くバイクの陰でうずくまっていたが、少し心が落ち着いてきたので裏路地から恐る恐る顔を出してみる。


 過去の私もどこかへ行ってしまったようだ。

 

 もう一度深呼吸をして自分を落ち着かせ、突然現れたマユについて考えをめぐらせる。


「マユ……って、いったい?」


 どこまでも澄んだ瞳だが明らかに殺気を込めた雰囲気───正直殺されるかと思った。彼女は何者?なぜ、タイムリープを使う私に対して警告をしてきたのか?


 彼女の言っていること全ては理解できないが、過去の自分が歩き回っているこの時間軸で無闇に歩き回る事は危険だということはわかった。


 「──私が、消える?」


 再び辺りを見まわすが、開店前のお店の看板の横でトラ猫が1匹あくびをしているだけだ。過去の私がいないことを確認すると、大きく安堵の息を吐く。手にじっとりと汗が出るのを感じる。


 私はまだよく動かない思考を回転させる。


『この日の私の行動ってどうだっただろう?』


 何日も同じ場所を歩いていたため、よく覚えていない……


──このまま、この狭いエリアで歩き回るのは危険だ……もう少し過去に跳べば?


 私はしばらく考え、迷い猫プルート探しの依頼を受ける日以前にタイムリープすることを思いついた。


──こんな危険と背中合わせにあっても、「いったんタイムリープをやめて元の時間軸へ帰る」という考えは残念ながら、私の頭にチラとも浮かばなかった。


── 第四幕「さかのぼる時間の糸」へ続く。



――あとがき――

ここまで読んでいただきありがとうございます。フォローやコメント、★でのご評価を頂けたら創作のモチベーションも上がり嬉しく思います♪今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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