9話 第三幕 ~タイムリープ~ ②

 私は自分が持つ不思議なチカラ──タイムリープを使うことに決めた。


 タイムリープは、時間を飛び越え過去や未来に行くチカラだ。


 幼い頃に母から手渡されたアンティークな二眼レフカメラ、これが私がタイムリープするための道具である。


 早速谷中やなかに戻り人気のない公園へ入っていった。辺りを見回すと、草むらに三毛猫が一匹いるだけだ。私はその猫に挨拶を済ませると、愛用の赤いリュックからアンティークな二眼カメラを取り出す。


 不安と期待が入り交じり、私は何度も大きく深呼吸をした。


 まだ私が幼い頃の記憶がよみがえる。おそらく4歳頃だろう──母から手渡された二眼カメラを使って、私は生まれて初めてのタイムリープに成功したのだ。


 その時、母は私の目線に合わせてしゃがみ、真剣に何かを話していた。その言葉に凄く勇気を貰ったのは覚えているけれど、母が何を言っていたのかは覚えていない。


 最近その夢を何度も見るが、夢だけに母とのやり取りは少しづつ違うのだ。


 それ以前の記憶はさらに曖昧あいまいで、母と過ごした場所が転々と変わったことは朧気おぼろげながらうっすら記憶にあるが、どこだったのかは全くわからない。


 ともかく、タイムリープに成功した4歳の私が元の時間へ帰ってくると──母は忽然こつぜんと姿を消していた。


 父は元々いない。顔も知らない。私は独りぼっちになってしまった。

天涯孤独てんがいこどくっていうやつだ。


 母が残した携帯電話にただ一つだけ残っていた電話番号。幼い私は泣きながらそのボタンを押した──そして母の親友アニへと繋がったのだ。


 アニは私の恩人だ。やがて私が学校を卒業すると、彼の誘いで私は探偵になり、アニは今では私のボスとなった。


 そのアニの助けも借りながら、毎日犬猫探しの傍ら、私は母の手がかりを探し求めている──。


 ──私は二眼カメラを両手でしっかりと持ち上げた。カメラの上部にあるカバーを外すとファインダーが現れる。ファインダーには現在の公園の風景が映し出されていた。


 そして、母から教わったタイムリープの合言葉を叫ぶ。


真実しんじつを、見極みきわめる!」


 決意を込めてカメラのファインダーを覗くと、青白い光で過去の風景が映し出された。


 再び、


「お願い!」


 と呟きながら特別なシャッターを切ると、カメラから不思議な光が放たれ、風の様に吹き荒れながら私の身体を包み込み、タイムリープが始まった。



3月18日 11時56分  < 元の時間軸からー10日 >


 私は無事に10日前へと着地した。スマホで時間を調べると、とりあえず正午に戻ったようだ。


 タイムリープは私のイメージで跳ぶ。それなので跳ぶ先の時間が正確にわかっていれば、ある程度その時間に跳べる精度が高くなるのだけれど、イメージが曖昧あいまいだと行き着く時間に誤差が生じるのだ。


  気軽に跳んでいそうに見えると思うが、これでもかなりの集中力が必要だ。


 私は過去の谷中の街を歩いて行く。


 10日前へのタイムリープなので、何が変わったと言うわけではないが、過去の街を歩くと言うのはいつも緊張するものである。


 まずは墓地の近くの公園へ、中山の発見された草むらの様子を見に行くつもりだ。


 途中、初音小路はつねこうじという味のある小さなアーケードを通りかかる。すると聞き覚えのあるネコの鳴き声が聞こえた。


「この鳴き声って……もしかして」


 私はその鳴き声の方に顔を向けると、気になる後ろ姿を見つけた。


 私は足を止めて目を擦り、もう一度人影を見直して呟いた。


「わっ!あれは──私?」


 そう、それは、過去の私だった。そう言えばこの日、黒猫プルートを探すためにこのエリアを猫の鳴き真似をしながら歩き回っていたのを思い出す。


 自分の後ろ姿を、遠くから見る機会はなかなかない。犬猫探しの案件で過去の街を歩いた事はあるが、今回みたいなのは初めての経験だ。


──やっぱりタイムリープって、こういう事が起こるんだぁ……


 私は妙に感動して、過去の自分を目を細めて凝視ぎょうししてしまった。過去の私はまだこちらに気づいていないようだ。


 過去の私は、自分で言うのも何であるが、落ち着きがなくどこか不安そうに辺りを見回している。


 ネコ寄せのための鳴き真似にも今一つキレがない。自分自身なのに、この人大丈夫だろうか?と考えてしまう。


──彼女はこの日の夜に中山の遺体を発見して、その後警察に追われ腓返りを起こした後に、あのミカに尋問じんもんされる運命なんだ……


 そう思うと、彼女……いや、私が不憫ふびんに思えて助けたい気持ちになる。すると、普段ビクとも動かない灰色の脳細胞が微かに働いた。


──あ、良いアイディアが浮かんだ!


 あの過去の私に協力をお願いすれば心強い。あれは私なのだから、頼まれ事は絶対に断れないはずだ。自慢じゃないが、それには絶対の自信がある。


 一緒に中山を殺害した犯人を見極める。そうしたら、目の前にいる彼女は警察に追われることもないし、腓返りも起こらずあの刑事ミカにも目を付けられない。はっきり言って、完璧である!


 私は嬉々として過去の私に近づき、声を掛けようとした──その瞬間、


「待ちなさい!」


 と後ろから、小さくも鋭い声がした。過去の私もその声に反応したのか、同時に振り返ろうと首を動かす。


 再び背後で鋭い声がする。


「顔を伏せて!!」


 過去の自分の顔が見えそうになり、その顔を見ようと目を見開くが、後ろから両手でぐいっと顔の向きを変えられると同時に、恐ろしい力で裏路地に引きずり込まれた。


 何が起こったのか、突然のことに恐怖が私の中で駆け回り叫ぼうとすると、今度は頭と口を押さえ込まれる。


「えっ、えっ??あ、助けて──」


「落ち着きなさい!」


と私は一喝された。そして背後から口を塞がれたまま、薄暗い裏路地の奥まで連れて行かれた──


え?ちょっと!やだ!!誰か助けて!!

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