47話 第一幕 ~タイムリープ探偵、再び。~ ③

5月12日 12時34分


「ルミ、また谷中やなかの事件の事を考えているね?」


 アニの声が背中越しに聞こえた。


  アニはこの喫茶店の店主で、私の探偵のボス。そして母の親友でもあった。私は行方不明になった母を探すため、アニの誘いで探偵になった。


 普段はほぼ犬猫専門探偵の仕事に明け暮れているが、その傍ら母の手がかりを探し続けている。


 アニは私のスマホに写った母の写真をちらりと見ると、正面の席に座り、ユッキーのスペシャルコーヒーを差し出す。


 アニは私の考えを察しているようだ。探偵の仕事を休んでいる間も、ずっと気になっていた赤いベランダの写真。


「──例の写真に写っていた赤いベランダの家を探すことがアイツの……いや、ルミのお母さんの行方を知る手がかりになるのは確かだね」


 私はコーヒーカップを見つめながら黙って頷く。


「この写真を見る限り、このベランダの建物は江ノ島と鎌倉かまくらの中間辺りの稲村ヶ崎いなむらがさき付近だと思うね」


「──稲村ヶ崎……」


「海と富士山が同時に見えてね、そこに夕陽が沈んで綺麗な所だよ」


 そう言うと、アニは私の顔を覗き込むようにジッと見る。


「ん?どうしたのアニ?」


「いや、身体が重いって言ってたろ?」


「あ、うん。でも前よりは良くなってきたみたい」


 私は両手で小さくガッツポーズを作って見せる。アニは苦笑しながら椅子に背をもたれ、腕を組む。


「それなら良かった。ルミの準備が出来たら、稲村ヶ崎の辺りの聞き込みから始めてみるのも良いかもしれないね。景色も良いし気持ちも上がると思うよ」


「そうかもしれないね……もうそろそろかな」


「それはルミに任せるよ。その赤いベランダの施設の場所がわかったら、お母さんの行方を調べる有力な情報になるからね」


 私は頷きながらスペシャルコーヒーを口にする。 


 それを見ていたアニは、眼鏡をキラリと光らせ席を立った。そしていそいそとカウンターから何かを持って来る。


「そうそう、ルミに頼みたい事があるんだけどね」


「ん?なに?」


 アニは私の目の前に、レトロなグラスに入れた黄色いドリンクを置く。ドリンクの上にはアイスが乗せてあり、そこにクッキーのようなものが刺さっている。


「え?クリームソーダ?」


「いやいや、そう思うだろ?実は少し違うんだよなぁ」


「見慣れない色をしてるけど……どう見てもクリームソーダだよね?」


 私はそう言うと、マイカップを取り上げ、ユッキーの淹れてくれたスペシャルコーヒーを楽しむ。


「前から言ってただろ?試作品のドリンクを作っているって…これは、私のマーケティングリサーチを駆使した傑作試作品!」


「──傑作試作品……っていうことは、まだ完成してないんだよね?」


「今度のお祭りの時期に向けて前々から調整してたんだよ、このお店にも若い層を取り入れないとね♪」


 アニは顔を紅潮させて鼻の穴を大きく膨らませている。


「で、若い層代表と言えばルミだ。味見してくれないか?」


「──味見?私?」


 レトロなグラスに入れられたドリンクは黄色ではあるが、クリームソーダとしては彩度が微妙に低く食欲をそそらない。


 そしてアイスの上に乗せてあるクッキーには焦げがあり、何かの絵が描かれている。


「クッキーに描かれているのは……ゾンビ?」


 私の言葉に、心外そうな顔で眼鏡をギラリと光らせるアニ。


「ゾンビ?!どう見てもこれは可愛い子猫だろう?まぁ、とりあえず飲んでみて♪」


「──可愛い子猫?」


 嫌な予感がする……


「アニ?この黄色いの何?」


「美味しいレモンだよ、あと隠し味」


「このドリンクの中に入ってるカエルの卵みたいのは?」


「スーパーフードのチアシードだよ。若い層はツブツブ好きだろう?健康にも良いし。あと隠し味」


 チアシードにレモンは悪くない……ただこの嫌な予感は何なのだろう?


「──隠し味は?」


「ふふふ、飲んでからのお楽しみダヨ」


 アニはニコニコしながらテーブル越しに顔を近づけ軽く首を傾げる。


「さぁ、飲んでごらん?」


「……」


 私はゴクリと生唾を飲み込む。アニの圧に負けて、おそるおそる縞々柄のストローをくわえ、黄色い液体を吸ってみる。


「──ん?あれ、甘酸っぱくて美味しい……」


「そうだろう?人はエネルギーになる味覚の中の一つ、甘さをいつも欲している。これによって最初に脳が刺激されると、快楽ホルモンを満足させる。そしてクエン酸の酸味と天塩の塩見が合わさり、次の一飲みを誘うんだ」


 アニはいつの間にか眼鏡を外しレンズを拭いている。


「ん?ん?ピリピリするよ、アニ?」


「そろそろ、口の中で味変して来ただろう?若い層が癖になる感覚、ズバリそれは味覚ではなく痛覚!!」


「辛っ!!これ!!辛っ!!痛覚って!!」


「ふふふ、カレー店「ガンジス」のコマルママから特別に戴いた最強のスパイスが効いて来ただろう」


「コマルママって!!カレーのスパイス??」


 どうやらインドの超激辛スパイスが配合されているようだ。辛いと思っていたが痛さに変わる。


「痛いよアニ!!これ痛い!!」


「今だ!アイスを一口食べてごらんなさい♪」


 私はアニに言われるまでもなく大急ぎでアイスを口に入れる。最強の超激辛スパイスで刺激された痛覚が、アイスの冷たさで少し癒される。


──その時。


 口の中で何かが大量に弾ける。


「ひゃ!!アニ!何か口が弾けてる!!痛い!!痛い!!助けて!!」


 口の中がパニックになっている私を尻目に、アニはドヤ顔で綺麗に吹き上げた眼鏡をゆっくりと顔に掛ける。


「ふふふ、最後の仕上げに高圧の炭酸ガスを溶かした飴の中に入れてだ……」


 バーン!!


「もう、まだ体調万全じゃないルミちゃんに何を飲ませてるの?!」


 銀のソーサーでアニの頭を叩く音が店内に響き渡った。 そこには鬼の形相で仁王立ちをしているユッキーの姿があった。



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