97話 第2幕 神江島家の一族 ⑤


6月21日 15時11分


 その様子を静かに見ていた龍子が左右に首を振り口を開いた。


「乙龍、火龍。もう下がりなさい……」


「お母様?」


「え?」


 戸惑う2人に、眼光鋭く龍子はきっぱりと言いきった。


「下がりなさいと言っているのです」


 彼女らはその言葉を聞くと、ピンと襟を正して深く一礼し、そそくさと他の参拝客の所へ去って行った。


 雅治に、2人の巫女の乙龍と火龍。なかなか個性的な人たちだが、龍子のあの迫力の前では誰も逆らうことなどできないだろう。


 軽く息を吐く龍子に、彼らについて聞いてみた。


「──先ほどの三人は、お嬢さんと息子さんですよね?」


「はい、2人の巫女が長女の乙龍と次女の火龍、それから次男の雅治です」


 ユッキーが興味深そうに訊ねた。


「わぁ、名前がまた素敵ですね、あの姉妹はもしかして、双子さんですか?」


「あら、よくお気づきで。性格も容姿も違うけど、あれで双子なんですよ」


「容姿は違うけど整った顔立ちはそっくり、龍子さんに似ていますね」


 私はユッキーの鋭い観察眼に目を丸くする。さすがニケの看板アルバイトだ。


──そっか、確かにあの姉妹は双子だ。双頭の龍って事だ。


 娘たちを褒められた龍子は柔らかい笑みを見せ、私たちに会釈をする。


「ありがとうございます。当神社の神事は全て身内でやらせていただいておりますが、彼らにはまだまだ自覚が足りなくて……というのに」


 私とユッキーは顔を見合わせ、先ほど撮った写真を龍子に見せた。ユッキーが少し顔修正モードを入れてくれたので龍子も満更ではないようだ。


 私はこの機会にと、石祠と谷中の関係を尋ねてみる。


「ああ、あの石祠に行かれたのですね。谷中にも御猫神社があるのは存じていますが、似たような伝承があるということは、繋がりがあるのでしょうね」


 私が谷中御猫の伝説を話すと、龍子は興味深そうに聞いていた。


「漆黒の白猫ですか……それは面白いですね。今度、そちらの神社にも連絡してみましょう。興味ありましたら、こちらからも連絡差し上げますね」


 私は再び深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます。ぜひお願いします。それと、あの曼荼羅は今もチカラを持っているのでしょうか?」


 龍子は軽く微笑むと、青い曼荼羅の方に軽く顔を向ける。


「それは……あくまで伝承ですからね。さて、どうでしょう?」


 そして人差し指を軽く頬に添え、遠くを見つめながら言葉を続ける。


「──もし、仮にそのチカラがあの青い曼荼羅にあるとしても……もう一つ……と言われているのですが……私がこの神職を受け継ぐずっと以前から、壊れてしまっていて音が出ないのです」


「楽器ですか?」


「そうです、楽器です。古い笙なのですが、青い曼荼羅に笙の音を聞かせると円を呼び起こすことが出来ると伝えられているのです」


 龍子の話にユッキーは私の背中を突きながら、


「それじゃあ、いざとなったときは、誰かさんが過去に戻ってその楽器を取ってくればなんとかなるよ」


と笑顔で言う。


 龍子は不思議そうな顔をしていたが、微かに眉を動かした気がした。


「ほぉ……」


 一拍置いて、突然両手をパチンと合わせて笑い出す。突然のリアクションに驚いたが、多分調子を合わせたのだろう。


「それは素晴らしいアイデアですね。そうね、それができればこれからもこの神社は安泰ですよね……」


 私も仕返しにユッキーを強く突き返しながら、


「あはは、本当に過去に戻れたらいいですよね……戻れたら……それも大変だけど」


と呟く。


「ん?」


 龍子が後ろを突然振り向く。


 視線の先を見ると、本殿で神崎と玉子がまた大声で騒いでいる。龍子の眼差しが再び鋭くなる。


 彼女は私たちに向き直り、引きつった微笑みを見せる。


 玉子は今日も、参加者全員と友達になろうとしているのだろうか?蝶のように人から人へ弾丸トークを浴びせていた。


「──それでは、私はここで失礼致します。またお会いできる機会を楽しみにしていますね」


 お互いに深々とお辞儀をする。龍子は神崎と玲子の方へ歩いていき、大地が割れんばかりの怒鳴り声を放つ。三度ハトとカラスが一斉に空に逃げていく。


 その光景に私とユッキーは顔を見合わせ苦笑する。


 その時、


 「ルミさんと、ユッキーさんでしたっけ?」


 弾んだ声がかかり振り向くと、先ほどの巫女の一人、火龍が人懐っこそうな顔で微笑んでいた。彼女は目が合うと、ユッキーのように悪戯っぽくウィンクして見せる。先ほどとは雰囲気がだいぶ違う感じだ。


 「お2人とも早くここを出ないと、あの玉子さんにまた捕まるわよ!この神社でも有名人なんだから」


 「え、玉子さんって、江ノ島でも有名なんだ…」


 「そうなのよ、私も何度あの弾丸トークに捕まったことか」 


  ユッキーと火龍がケラケラと笑いだす。なんとなくこの2人はノリが似ている。   


 「ルミちゃん、退散した方が良いね」


 「うんうん、退散しよ。玉子さんの弾丸トークが始まると、他の予定が潰れちゃうね。」

 

  火龍を振り返ると、彼女はニコッと微笑んだ。


 「またどうぞ遊びにいらしてくださいね。あなた達のような人が来てくれると、本当に嬉しいわ」


  彼女の表情がふと一瞬、かげりを帯びる。私はその表情にひっかかるものを感じたが、再び笑顔を見せ大きく手を振る彼女を見て、元気に手を振り返した。


 後ろから、玉子の声が近づいてくる……私たちは肩をすくめ、そそくさと神社を後にした。


──第3幕「秘密が交差する場所にて」へ続く。

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