39話 第十幕 ~試される運命~ ⑥

3月08日 24時41分


 ドアの中に入ると、非常灯のようなオレンジ色のあかりが灯り、夜の神社の参道のように奥の部屋に続いている。


 吉岡はこの奥の部屋のドアも同じ要領で開け、中へ入っていく。


 部屋の中には用水路や池の水をコントロールする機械なのだろうか、よくわからないパネルが並んでいる。


 吉岡は慣れた手付きでパネルのあちこちを触っている。人のことは言えないが、これも立派な不法侵入である。私は訊ねた。


「秘密基地って言ってたけど、ここで子供の頃から遊んでたんですか?」


「いや、元々この場所に秘密基地があってね、ずっとそこで遊んでいたんだけど、この施設を作るってことで壊されてね。子供なりに抵抗はしたけど……」


 吉岡はパネルを触りながら当時を懐かしむ目で語る。


「だから、この施設が出来てもここで遊んでいたんだよ。管理員に何度も何度も怒られたけど、逆に子供心に燃えてさ……」


「その中に芳雄さんも?」


「そうだね、秘密基地のメンバーだったよ。昔から寡黙だけど優しい奴でね、良いヤツだよ」


「それはわかります、大仏さまみたいですよね」


「あはは、アイツは昔から大仏って言われてたよ。他にあだ名は思いつかないな。親友だね、アイツは」


「──親友……」


 私は、アニが私の母とは親友だったと言っている姿と重ねて聞いていた。母もまた、そう言っていたのを微かに覚えている。


「──親友って良さそうですね」


「そうだね、良いものだよ。だから今回の中山の件は許せなくてね」


「……」


 詳しくはわからないが、先ほどの会話から中山がプルートと知世に何かをしたことはわかる。


「アイツは大仏のクセに昔から苦労続きでさ、見てられなかった。ただ、知世さんと出逢ってからは本当に幸せそうだった。彼女はアイツにとっての女神だったよ」


「──そうなんですね……」


「お酒の力を借りて一緒に中山に抗議に行ったけど……ダメだなぁ。俺は……」


「──中山相手じゃ、しょうがないですよ。話せる感じじゃないし」


「いや、芳雄の仕返しはしたい……機会があればね」


 カチャっと音がして扉の向こうで何かが開く音が聞こえる。


「よし、これで見つかる事なく安全に先に行ける」


 吉岡が笑顔で扉を指差し、ドアを開ける。この先も同じような通路が伸びているようだが、先が暗くて見えない。


「大丈夫、これで外に出られるよ」


 彼が先に立って通路に入り、私が後に続く。しばらく進むと先の方に扉が見えた。ここを出れば出口のようだ。


『これでやっと外に出られる……』


 私の身体の緊張が全て解れようとした時。


 ガツーン!ガツーン!


 狭い通路の中、鼓膜が破れそうな不快な音が今進んで来た後方から聞こえた。


「!!」


 私たちが振り向くと、通路の奥に鉄パイプのようなものを持った人影があった。吉岡が信じられないといった顔で私を見る。


「中山だ……なぜここに?あり得ない!!」


「この泥棒め!!見つけたぞ」


 ガツーン!ガツーン!


 中山が見境なく壁にパイプを叩きつけ火花を四方に散らしながら歩いて来る。私はその狂気に満ちた姿に全身を震わせる。


「ど、どうして?」


「マズい、走ろう!扉を開ければ……!」


 私たちは扉まで全力で走った。中山は狂ったように壁を叩きつけながら追って来る。ここは一本道で他に逃げ場がない。


 吉岡が扉まで辿り着くと、両手でドアノブをガチャガチャと上下させる。


「!!」


 彼の顔に焦りが見える。


「開かない?!」


「えぇ?何故?」


 鉄パイプの不快な音が更に大きくなり近づいて来る。吉岡は必死にドアを上下に動かし扉を開けようとする。


「俺をコケにしやがって!殺してやるからな!」


 壁を叩くおぞましい大音響と中山の声が通路に響き渡る。私の目に涙が浮かび全身が震え出す。


 中山はついに私たちのすぐ側まで迫り、鉄パイプを振りかざした。本気で私たちを殺そうとしているとしか思えない。私は思わず目を閉じる。


──マユの言葉がフラッシュバックする。


『この世の中も同じなのよ、異物は排除される。私たちはこの時間軸では異物』


 この時間軸は、どうしても私を排除したいようだ。


──でも──!!!

 

 私は震える拳を強く握りしめ、憤然と顔を上げる。


 素早く吉岡の背中に身を寄せて中山に向き直り、背負っていたリュックの三脚が入った面を盾にして、腰を落とし身構える。


 吉岡は目を見開き、必死にドアノブを肘で打ち付けている。


「──吉岡さん!身を、身を屈めて!」


 私は吉岡に叫ぶ。彼は後ろを振り向くと咄嗟に思いっきり身を屈め、衝撃に備えて扉に張り付く。中山が狂人の顔で鉄パイプを私たちに振り下ろす。


「くらえぇーー!!」


 キーーーン!!


 大きな金属音と共に、リュックの中の三脚が受けた衝撃が私の全身に伝わる。私はその勢いで扉側にのけぞり、背中から吉岡に倒れかかる。


──何故かドアノブが目の前に落ちていくのが見えた。中山は勢いあまって、鉄パイプをドアノブへまともに叩きつけたようだ。


 衝撃でバン!と扉が開く音。それと同時に私たちは、小さな丘を後ろ向きで転がり落ちる。


──そこに警察が待ち構えていた。


 中山の鉄パイプの音を不審に思い待ち構えていたのだろう。警察も突然の事で動揺していた。


「ここまで来て──警察に捕まって終わりなの……?!」


 絶望する私を制し、吉岡が小声で一言。


「この機に乗じて逃げるんだ……」


 そして彼は、ドア口で鉄パイプを片手に仁王立ちになっている中山を指差し、叫んだ。


「警察の皆さん、この人を捕まえて下さい!コイツにやられた友人が救急車で運ばれたんです!」


 警察は一斉に中山に群がる。中山は突然の状況に混乱して鉄パイプを振り回す。


「確保っ!!確保ぉー!!」


 現場は混沌とした状態になる。


 私はその騒ぎに乗じて走り出し、公園からなんとか脱出することに成功した。


──公園の門から外へ出たその時、視界の隅に何かが映る。


「!!」


 視線を向けると、深夜の公園のベンチに座り、冷たい目でこちらを見つめる人影があった。その人影はゆっくりと首を傾げる。


「マユ……」


 私は呟いた。


—— 第十一幕「新たなステージ」へ続く。

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